25.愛する事
私には、こころから愛してやまない人がいる。
しかし彼はその事を知らない。
人を愛するのが、こんなにも日々を楽しくさせるものだとは思わなかった。
今までなんのために生きているのかわからなかった人生は、彼に出会った事で色鮮やかに変わる。
なにか特別なことをする訳でもなく、ただ一緒の時間を過ごせるのが本当に幸せだ。
彼も、私と同じ気持ちならば嬉しい。
「おはようございます。」
私の1日は、ベッドの上でする挨拶から始まる。
誰かに向けてではない。
一人暮らしなので返してくれる人はいないが、それでも昔からの癖なので止める気は無い。
私は大きくのびをすると、顔を何度か叩いて気合を入れて起きる。
「いただきます。」
朝はしっかりと食べなさい。
テレビの影響を受けて、どんなに忙しい時でも必ず用意して朝は食べるようにしている。
今日は少し食欲が無いから、パンとスープという簡単なもの。
もそもそとゆっくりと食べると、私は手を合わせて挨拶をする。
「ごちそうさまでした。」
返事の無いそれを続ける意味はあるのかと、たまに思ってしまう。
1人の部屋は本当に味気なく寂しいものだ。
私は小さく息を吐くと、出かける準備を始めた。
出かけるのは面倒だ。
しかし、出かける意味は大いにある。
「いってきます。」
だから仕方なく、私は準備を終えると部屋を出て行った。
出かけた先は、街にある大きなショッピングモール。
そこで彼と会えるから、私は週に何度も足を運ぶ。
今日も相変わらず凛とした佇まいで仕事をしている彼の姿を、遠くから見つめて惚れ惚れとしてしまう。
きっと傍から見たら、私の気持ちはバレバレなのだろう。
ここから何度も眺めているせいで、周囲のお店の人の生暖かい視線を最近向けられている。
あまりに恥ずかしいから、お店に寄るようにはしているがこんな小細工もバレているはずだ。
彼を見終わったあと、本屋で大して興味のない本を買っている時、店長だろうおじさんが話しかけてきた。
「いつも熱心だね。」
「え、はい。す、好きなんで。」
照れくさくも正直答えたら、微妙な顔をされる。
確かに今の私の行動は、一歩間違えたらストーカーだ。
自覚はあるので許して欲しい。
私は商品を受け取ると小さく礼を言って、その場から勢いよく立ち去った。
こうしてたまに彼を見つめるだけで、私は幸せを感じていた。
しかしそんな日が、いつまでも続くわけがなかった。
「彼が、クビ?」
その衝撃の話を聞いたのは、本当に偶然だ。
お店の人達が話しているのを、彼をいつものように眺めている時に聞いてしまった。
「もう無理だろうな。」
「長年いてくれたから寂しいけど、あれじゃあ仕方ない。」
その人たちの会話の一部分。
聞いた私は、腸が煮えくり返る気持ちがした。
彼は長年の労働が原因で、疲労しているかもしれない。
しかしそれをいたわるわけでもなく、使い捨てのように扱うなんて。
絶対に許されてたまるものか。
私は彼を救うための計画を、頭の中で立て始めた。
そして迎えた彼がクビになる日。
もちろん私は、ショッピングモールに来ていた。
彼の周りにはたくさんの人がいて、何かしら声をかけている。
しかし誰もが彼をクビにすることに、反対しているわけじゃない。
ただの偽善者たちが、お前らのせいで彼は止めることになったんだ。
私は内心で罵倒する。
そうしている間に、最後の仕事を終えた彼はその場から離れていく。
近寄りたかったのだが、周りの人に阻まれて去っていく後ろ姿を見ることしか出来ない。
この場でどうにかするのは諦めて仕方なく私は、彼のあとを静かについていく。
長年の疲れのせいか、2人の人に抱えられるように移動していた彼はとある場所で1人になった。
私は周りを見回して何もいないことを確認すると、彼に近づく。
彼は私にすぐに気がついて、まっすぐに見てきた。
少し緊張しながら前に立つと、私は精一杯の笑顔で彼に挨拶をする。
「は、はじめまして。」
どもってしまいそれだけしか言えなかった。
彼の前でなんて失態を、と涙目になってしまうが特に気にしていない様子なのでほっとする。
「あの、私はあなたが、えっと好きで、すみません。えっと、もし住むところがなくて困っているなら、来てくれたら嬉しいです。」
私は怪しくないように、出来る限りの真剣さを持って彼に話しかける。
しかし返事が無くて、不安になってしまった。
前々から考えていたのだが、やはり急すぎたのだろうか。
しかしチャンスは今しかなかった。
「だから、よ、よろしくおねがいします。」
私は全てをかなぐり捨てて、彼の手を取る。
一か八かの賭けだったのだが、どうやら受け入れてもらえたようだ。
彼は私の手を決して振り払う事をしなかった。
そして彼はその日から、私の家に一緒に住む事となる。
彼が家に来てから私の人生は、更に生き生きと輝き始めた。
1人での生活が、彼との2人に変わる。
今まで寂しく挨拶していたのに、受け入れてくれる人がいる事のなんてすばらしいものなのだろうか。
もう、彼無しの生活など考えられない。
それぐらい私は幸せだ。
「最近、来ないねえ。」
俺は一緒にシフトに入っていた、美代ちゃんに話しかける。
「誰がですか?」
彼女は俺の言葉に眉を寄せた。
「あの子だよ、ほぼ毎日の様にあそこに立っていた女の子。」
「ああ!いましたね!」
俺が詳しく説明すれば思い当たったようで、今度は顔をしかめる。
確かにその気持ちはよく分かる。
「変な子だったよな。何が楽しいのか分からないけど、広場にある銅像をじっと見つめてさ。」
「ちょっと気持ち悪かったですよね。それにこの前撤去したあの銅像。その子が持ってったんじゃないかって噂もたっていますよ。」
俺はいつも女の子が立っていた所を見る。
あの場所から銅像は何の障害もなく見下ろせる。
一度好奇心から話しかけてみた事があったが、頬を染めて好きだと言っていた。
その様子を思い出してみれば。
「あながち的を射ていたりしてな。」
そう考えると、背筋に寒さを感じた。
しかしちょうどお客さんが来たため、すぐにその気持ちを忘れ去る。
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