21.金魚
私の家では、一匹の金魚を飼っている。
小さい時からいるから、相当長生きなはずだ。
それでも特に弱ってもなく、順調に成長していて水槽いっぱいになりかけている。
その都度、水槽を買い替えているのだが回数が年々多くなっている気がするのだ。
「ねー、最近大きくなりすぎじゃない?」
「そう?」
母親にそれを訴えたが、ぼややんとしているから気づいていない。
明日急に大きくなっていても、きっと分からないだろう。
私は聞いた相手が悪かったと、内心でため息をついた。
それに金魚は前まで、普通の餌を食べていた。
しかし最近は生きた小魚以外、全く食べようとしてくれない。
その様子はトラウマになりそうで、私は餌を入れると目を背けてしまう。
普通の金魚もそうなのか、聞く相手もおらずモヤモヤは溜まっていくばかりである。
うちの金魚に名前はない。
元からそうなのか、つけたけど呼ばなくなったかは知らないが特に不便は感じない。
むしろ会う名前なんて、ないように思えるからその方がいい。
私は今日も憂鬱な餌の時間を終えると、友達の樹衣に電話をかけた。
「もしもし。」
『もしもし。どうした?』
電話をかけるとは言ったが、内容は知らせてなかったので心配そうな声が聞こえてくる。
私は明るい声を意識して、なんてことないように軽く話し出す。
「あのさ。樹衣って生き物について詳しいよね。」
『んー。まあ人よりは知っているけど、間に合ってほどじゃないよ。』
「それでも良いから、相談にのって欲しくて。」
『分かった。』
樹衣は不審そうにしながらも、一応は話を聞いてくれる。
「家で金魚を飼っているって、前に話したでしょ。それがさ、ちょっとおかしい気がするんだけどお母さんじゃ分かってくれなくて。」
『どんな風に変なの?』
私は今まで溜まっていたものを、全部吐き出した。
最初は相槌を打っていた樹衣だったが、段々とそれが聞こえてこなくなる。
「そんな感じなんだけど。どう?変じゃないのかな。」
返事があまりにも無さすぎて、私は不安になった。
だから話の締めくくりは、少し自信が無くなってしまう。
そして樹衣はというと、静かに問いかけてきた。
『確かなことは言えないけどさ、少しは変かもね。それでさ一つ聞きたいんだけど、今誰かと一緒にいる?』
急に関係ないことを聞かれて、私は戸惑ってしまう。
周りを見回すが、家の中には私しかいない。
「いや、私だけだけど。何急に、怖いんだけど。」
何だか寒気がした。
私はそれを振り払うように、気持ちを切り替えて樹衣に怒った口調で言う。
『嘘だ。さっきから近くで人の声がしてるじゃん。ずっと七海の名前を呼んでる。』
しかし樹衣は冗談だと言わず、本気で怯えていた。
それを言うなら、私だって怖い。
誰もいないはずなのに、私を呼ぶ声が聞こえるなんてホラーだ。
また辺りを見回すが、やはり誰もいないし声だって聞こえない。
「樹衣の電話がおかしいんじゃないの?今日はもういいや。明日学校で話そう。じゃあね。」
『えっ、ちょっ』
私は樹衣への怒りから、返事も聞かずに電話を切った。
そして静まり返った部屋の中、深くは考えないようにして違う事を始めた。
それから数日が経った。
例の電話の次の日、樹衣は少し怒っていたけど今は機嫌が直っている。
だから今日の放課後に、電話をしようと約束していた。
あの日の事が頭をよぎらないわけではなかったけど、樹衣も気のせいだったかもと言っていたので、大丈夫だと思ったのだ。
落ち着いて電話をするために、今日は私の部屋にした。
金魚の餌を入れ終えると、早速電話をかける。
「もしもし。」
『もしもし。』
お互いに緊張していたが、何も無かったようで電話の向こう側から安堵のため息が聞こえてきた。
「良かった。それで今日は、また金魚の話を聞いてもらいたいんだけどさ。」
『いいよ。どうしたの?』
私は気持ちが軽くなって、つい昨日の話をする。
昨日餌をあげようとした時、水面に顔を出していた金魚に指をかじられた。
かじられた部分は少し赤くなっていて、今日もヒリヒリと痛んでいる。
金魚でそんなことが有り得るのか。
流石におかしいと思って樹衣に相談する事にしたのだが、話しているうちにまた向こう側から声が聞こえなくなった。
私は嫌な予感がして、何度も樹衣に呼びかける。
しかし返ってくるのは、小さな悲鳴だけ。
でもそれが何か言葉を言っているのだと、すぐに気がついた。
一体何を言っているのか。
耳をすまして、よくよく聞いてみた。
『名前、ズルズルっ、近づいて、名前、呼んでる。あぶないあぶない。』
分かった瞬間、私の部屋の扉が叩かれる。
驚いた私の手から携帯が滑り落ち、大きな音を立てて床に落ちた。
その音を聞いて、さらに強く扉が叩かれる。
今、家には誰もいないはずだ。
それなら扉の向こうにいるのは、一体誰なのだ。
私は口を抑えて、声が漏れないようにする。
無駄な事かもとは思ったが、それでもやらないよりはマシだ。
しばらくそうしていると、扉の叩かれる音が止む。
そして静かになった部屋。
私は足元の携帯を拾い上げて、耳に当てた。
「樹衣。大丈夫?」
『いや!いや!私は食べないで!食べないで!』
安心させようかと思っていたのに、大きな声で急に叫ばれ電話が切られる。
私は呆然としたまま、立ち尽くすしかなかった。
「そんな事があってさ。明日、樹衣に言ってやろうと思うんだ。」
「あらー。そうなの。」
それから母親が帰ってくるまで部屋にいた私だが、今は夕飯を食べながら愚痴を言っていた。
ちゃんと聞いているか分からない。
ただほわほわと笑って、頷いているだけだからだ。
言う事が目的なので構わないのだが、イライラしている私は少しトゲのある言葉を投げかける。
「ちゃんと聞いてる?」
「あらあら。聞いているわよ。」
頬に手を当て首をかしげる様子は、聞いていないように思えるが、さすがにこれ以上何かを言うのは八つ当たりに過ぎないので我慢した。
そんな私の葛藤を知らない母親は、そのまま話をし始める。
「大丈夫よ。電話は樹衣ちゃんの気のせいだし、金魚は珍しいだけよ。」
ちゃんと聞いていたようだ。
私は珍しい事に、驚きながら話を聞く。
「金魚は順調に育ってるわ。我慢出来なくて味見をしちゃったみたいだけど、もう少し経ってからね。」
しかし母親の話は、よく分からないものになってしまった。
いつものボケが始まったか、私は呆れながら話を流す。
噛まれた指は、まだじくじくと痛んでいた。
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