18.こんなにも





 僕は彼女が好きだ。

 しかし彼女は僕の事を知らない。


 会えるのは、朝に通勤で使う電車の中での限られた時間だけ。

 先に乗って本を読んでいる彼女を眺めているのが、本当に楽しみだった。


 目をふせて本の字をたどるスピードはとても速い。

 最初に見た時は、本当にちゃんと読んでいるのかと不安になったほどだった。

 しかし時々零れる笑みや、驚いた顔が読んでいる証拠だ。


 その顔は仕事で感情を忘れてしまった僕にとって、忘れていた何かを思い出させてくれる。





 今日も電車に乗ると、彼女は本を読んでいた。


 僕は人があまりいないのをいい事に、さり気なく彼女の近くに行く。

 今日は珍しく、本じゃないものを読んでいるみたいだ。


 少し頑張って見てみたら、教科書だと分かる。

 しかし普通のでは無い。

 その表紙には、デカデカと書いてあった。


『呪い』


 信じられなくて2度見してしまったが、書いてある字は変わらない。

 これはのろいと読むのか、それともまじないなのか。

 できれば後者であってほしい。

 見た目は本当に教科書みたいだから間違いは無いと思うが、最近はそんな授業もしているのか。


 僕はドキドキしながら、彼女の様子を眺めた。

 いつも本を読んでいる時とは違って、ページをすぐにめくる事は無く、まじまじと読んでいる。


 そこにはどんな事が書かれいて、何が彼女の中で興味を引いたのか。

 とても気になるが、聞くわけにはいかない。

 どうにか中身が見られないものかと、僕は駅について人が何人か降りたのをいい事に、彼女の隣りに座った。



 今までに無い位の近さに緊張してしまう。

 しかし今は、それを噛みしめているよりもやる事がある。


 僕は首を後ろの窓につけて、隣りをゆっくりと見た。

 少し見づらいが、ところどころは読める。


『あなた』『彼』『呪い』『方法』『危険』『注意』


 読み取れた情報は、不穏なものが多い。

 そうなると書かれているのは、のろいの方だったという事か。


 あまり見ていると怪しいので、僕は普通の体勢に戻る。

 そして最後に、彼女の顔をうかがう。



 ちらりとだから確かな事は言えないが、彼女は笑っていた。



 まさかそんな顔をしていると思わなかったので、僕は驚いてしまう。

 きっと見間違いだ。

 そう思う事にしないと、彼女を好きな気持ちが薄れてしまいそうになる。



 ちょうど降りなくてはならない駅に着いたので、僕は名残惜しいが立ち上がった。

 彼女の方を出来るだけ見ないようにしながら、僕は降りる。


 何だか背中に視線を感じたような気がするが、気のせいだろう。





 その日は実家から姉が家に遊びに来ていて、一緒に電車に乗る事になった。


「そんなにホーム混んでないんだね。これなら座れるだろうから、良いじゃん。」


 わざとなのか楽しそうに僕の腕に巻きついてきて、もしかしたら周りには恋人とかと思われていそうだ。それはおぞましい。


「電車きたら離れろよ。」


「えー?何でよお、ひどーい!」


 僕が嫌がると、更に面白がってくっついてくる。

 この姿を彼女には見られたくない。

 だから必死になったが、いつも乗る電車が来てしまった。


 今日はどうかいないでくれ。僕は願う。

 しかしいつもの席に座って、彼女は本を読んでいた。



 僕を気にしていないと思うが、こちらを見ないで欲しい。

 更に願う。しかし何かあったのか、彼女は僕達の方を見た。


 知り合いじゃないから、僕達の姿を見て何も思わないだろうけど、それでも彼女には姉が恋人だと誤解して欲しくなかった。


「離れろよ。姉ちゃん。」


 だから少し大きめな声で言いながら、姉の腕を外す。


「もー。ひどーい。」


 文句を言いつつも、人目を気にし始めたのか今回はすんなりと離れてくれた。

 僕はほっとして、彼女の様子を見る。


 もう僕達の方に顔は向けておらず、この前と同じ『呪い』の教科書を読んでいた。

 とても真剣で、何だか鬼気迫る顔をしている。


 何だか薄ら怖いものを感じ、その日はそれ以上彼女の方に目を向けず姉と話していた。





 最近、彼女の様子がおかしい気がする。

 毎日の様に例の教科書を読んでいるし、その顔はどんどん恐ろしくなっていた。

 普通はその変化に、引いてしまいそうになるだろう。


 しかしひたむきな態度というのは、可愛いと言えるかもしれない。

 僕の頭の中は、彼女一色になっていた。




 今日も僕は彼女を見つめる。

 段々と欲望が抑えきれなくなって、座る席は彼女に近くなった。


 そんな努力をしていても、距離が縮まる事は全く無い。

 それがもどかしくなってきた。


 僕は、ある決心をし始めていた。




 彼女に話しかけよう。

 そして仲良くなろう。


 何度も頭の中でイメージトレーニングをして、その日を迎えた。




「あ、あの。すみません。」


「え?何ですか?」


 電車の中で急に話しかけたからか、彼女は驚いた顔をしている。

 僕は諦めてしまいそうになる。

 しかしそれ以上に、固めた覚悟は大きかった。


「いつも本を読んでいて、あの僕も本が好きなんで気になっていたんです。」


「あ。そうなんですか。一緒ですね。」


 話しかける前に、僕は彼女の反応を色々と想像していた。

 嫌悪、驚きなどを予想していたが、思っていたのと違った。


 彼女は笑ったのだ。

 それも、とても可愛らしく。


 僕は戸惑ってしまった。

 その可愛らしさにやられて、何も言葉が出ないほど。



 だから勝手に彼女が話しかけてくるのを、ただただ頷いているしかなかった。

 結局何を話したか、全部覚えていない。

 それでも携帯に残っている連絡先、それだけで上手くいったのだと分かった。



 明日から電車に乗るのが楽しみだ。

 僕の気分は高揚していた。

















 やった。

 まじない通りにやったら、向こうから話しかけてくれた。

 今まで何度も試していて良かった。


 この教科書は本当に凄い。

 これから、電車に乗るのが楽しみだ。




 もし私の言う事を聞いてくれなかったら、どうしてくれようか。

 教科書には色々なまじないが載っている。



 まじないじゃなく、のろいも。

 彼が私の思い通りの人だといいな。



 こんなにも手間をかけたんだから、少しは楽しませてほしい。





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