15.くびをきる





 俺は今までに、多くの人のクビを切ってきた。

 年齢も性別も問わず、泣いても怒っても懇願されても聞く耳を持たずに。

 人の絶望する顔を見るのが好きなので、天職だと思っていた。


 しかし、それが悪かったのか。





『くびをきる。ぜったいにきる。』


 それは会社で使っているパソコンに、メールで届いた。


「何だこれ。」


 すぐにいたずらを疑って、あて先を確認する。

 しかし、誰かと分かるようなヒントは無かった。


 まあ分かったら、それはそれで馬鹿か。

 俺は送り主を下に見つつ、メールをもう一度確認する。



 他に何かが書いているわけでもなく、情報を全く得られなかった。

 それに少し苛ついたが、気にするだけ時間の無駄だと気持ちを切り替える。





『くびをきる。きります。まっていてください。』


「……またか。」


 それから数日も経たないうちに、またメールが送られてきた。

 この前と同じあて先、似たような文面。

 俺は呆れを感じてしまった。


 メールを送れるのは社内の人間だけ。

 だから犯人は、その中に絶対にいる。



 仕事も満足に出来ないような奴らがこんな事をして、ただで済むと思っているのか。

 次に同じメールが来たら、犯人を探し出して絶対にクビにしてやる。

 そう思い、とりあえず証拠は残しておこうとメールを保存した。





『そろそろくびをきります。やってやります。』


「いい度胸してるじゃねえか。」


 俺は残業中に送られてきたメールを見て、ストレスのはけ口の対象にする事に決めた。

 今まで無視していたが、その送り主に初めて返事をする。


『何回もメールが来ておりますが、あて先を間違っていませんか?』


 丁寧にそれだけの文面。

 これで、何か情報を与えてくれれば儲けもんだ。


 あとはどれぐらい待たなきゃいけないか。

 長期戦になってしまうかと思っていたが、返信がすぐに来た。


 やはり仕事をしていないなと確認すると、メールを開く。


『くびをきりますきりますきります。まってて。』


 しかし期待していたものとは違い、ガッカリした。

 そんなにすぐにボロは出さないか。

 俺はまた返信をする。


『何が言いたいのか分かりません。いい加減にしてもらえますか?』


 少しの苛立ちが、文面の中にあらわれてしまった。

 それでもこれぐらい良いだろうと、自分に言い聞かせる。



 また返信はすぐに来た。


『いまからくびをきる。まってて。まっててね。』


 まさか向こうから来てくれるとは。

 子供のような文面は気にせずに、俺は他に誰もいなくなったオフィスの中で待つ。


 静かな中では、パソコンの音やその他諸々の音が意外にも響く。

 その音を聞きながら、いつ来るのかと待っていれば、どこか遠くの方で何かが聞こえてきた。




 ぺたぺた



 ぺたぺた



 ぺたぺた




 何だか重いものというよりは、小さな子供の足音。

 そう思った瞬間、何だか背筋がものすごく寒くなった。


 今までイタズラだと思っていたけど、違うのではないか。



 まさか今までクビを切った誰かが、復讐をしに来たのか。

 その可能性に考えが至った途端、俺は恐ろしくてたまらなくなる。



 その間にも、足音はどんどん近づいてくる。

 俺は色々なことを、走馬灯のように思い出していた。



 クビを切られて生活が成り立たず、一家心中した家族がいる。

 確か奥さんのお腹には、臨月間近の子供がいたとの話だった。


 それ以外にも、小さな子供を抱えた女のクビを切った時、呪い殺してやると言われた。

 当時は鼻で笑ったが、本当に呪われたのだとしたら。




 今、近づいてくるやつは俺に何をしようとしているんだ?




 ぺたぺたぺた



 ぺたぺたぺた



 ぺたぺたぺた




 心なしか、近づいてくるスピードが速くなった気がする。

 音の大きくなっていく様子から考えて、警備員なわけもないし。絶対に、俺のいるこの部屋に近づいてきている。


 俺は怒りも面白さも全く感じられず、ただただ恐怖に震えていた。


「も、もう止めてくれ。俺が悪かったから。謝るから。」


 誰に向けてか分からない命乞い。

 しかし相手が、そんなものを聞いてくれるはずがない。




 ぺたぺたぺた


 ぺたぺた……




 音が止んだ。

 それは諦めてくれたからではない。

 俺のいる部屋の、扉の前にたどり着いた証拠だった。


「あ。あ。嫌だ。」


 恐怖で俺は子供に帰ったように、嫌だという言葉しか出て来ない。

 逃げる事も何かをする事も出来ず、扉をじっと見つめた。


 その時、メールを受信する音が聞こえる。

 俺は視線をパソコンに移して、こんな時ではないと分かっていたが、何故か気になってメールを開いた。


 しかし見なければ良かったと後悔する。

 メールにはこう書かれていた。


『いまからくびきるよ。あはは。』


 扉の開く音がする。

 俺はそちらを見る勇気が無かった。


 それでも見ないで近づかれるよりはマシだと、ゆっくりとそちらを見る。





「ぎ、ぎゃああああああああああああ!?」

















 とある部屋の中で、壮年の男性2人が話しをしている。


「それで?結果はどうだったんだ?」


 見た所、偉そうに見える方がもう1人に尋ねた。

 問われた方は、紙をぺらぺらとめくり答える。


「上々です。予定通り自ら退職届を出してきました。」


 それを聞いて満足そうに頷くと、豪快に偉そうな方は笑った。


「君が提案した方法は良いな!これなら退職をしなさそうな奴も、何も文句を言わずに辞めてくれる。いらない奴を辞めさせるのには良い方法だな!」


「本当ですね。これからも使えるでしょうから、いらない人材はどんどん辞めさせていきましょう。」


 そして持っていた紙をシュレッダーにかけた後は、別の候補を探すために部屋を出ていく。






 この会社では、自主退職をする人が何故か多いという噂が流れていた。





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