14.風呂
私はお風呂に入るのが、とても苦手だ。
体を洗いたくないとか不潔な意味ではない。
ただ、お風呂場という空間が嫌だった。
それでも毎日、お風呂には入らなくてはならない。
私はその苦痛の時間を少しでも和らげる為に、今までに色々な努力をした。
目を閉じたままでいたり、音楽を大音量で鳴らしたり、扉を開けたままにしたり。
しかし、そのどれもが失敗に終わり家族からの苦情をもらっただけだった。
どうしたらこの苦痛を何とか出来るのか。
未だに方法は見つかっていない。
それを恥ずかしいのは承知で、友達にとうとう相談してしまった。
香奈子は話を聞くと、眉間にしわを寄せて考え込む。
「そうだねえ。うーんと、お風呂かあ。」
あまりにも考えてくれるので、何だか申し訳なくなってしまう。
もう少し見つからないようだったら、無理するのは止めても良いよと言おうとした。
しかしその前に、香奈子は大きな声をあげて叫んだ。
「それなら今度、一緒にお風呂入ろうよ!」
「は、はい?」
あまりにも突拍子も無い言葉。
私は驚きすぎて、すっとんきょうな声を出してしまった。
「私と一緒に入れば、嫌な気持ちとか無いでしょ?一回、試してみて怖いの吹っ飛ばそう!」
「えっと。あ、うん。そうだね。」
何だか勢いに押されて頷いてしまう。
そうすると、香奈子は本当に嬉しそうに喜んだ。
「決まりだね!いつにしようか?それとも今日にしちゃう?うち誰もいないし、大丈夫だよ!」
「じゃ、じゃあ今日で。」
戸惑っていたら、色々と決まってしまった。
それでも嫌な気持ちにならないのは、香奈子が100パーセントの善意で言ってくれているのが分かるからだ。
親に説明して、準備して香奈子の家に行って、お風呂に入るのが今は楽しみになってきた。
「ありがとうね。香奈子。」
「んー。構わないよ!」
その気持ちを込めて、お礼を言えば香奈子はとても良い笑みを浮かべた。
なんだかんだ言っても、香奈子の家に来るのは初めてである。
「おじゃまします。」
「どうぞどうぞ。遠慮なくー。」
少し緊張しながら、家の中へと入った。
その様子を見た香奈子は、くすくすと笑う。
「緊張しなくていいんだよ。お風呂の時間まで、勉強とか遊んで過ごそうか。」
「うん。」
普段と変わらない彼女に、緊張している自分が馬鹿だったと気持ちを切り替えた。
そうしてグダグダと時間を過ごしている内に、外が大分暗くなってきた。
「そろそろお風呂入ろうか。」
「うん。」
香奈子と過ごしていて、楽しかった気持ちが少しだけ沈んだ。
いくら彼女と入るとはいっても、それでも苦手な気持ちが全く無いと言えば嘘になってしまう。
不安が通じたのか、香奈子は私の手を握った。
「大丈夫だよ。嫌だと思ったら、すぐに出ればいいんだから。ね?」
「うん。そうだね。」
手に伝わる温かさ。
その温度に、気持ちが少しは楽になる。
だから私は覚悟を決めた。
香奈子の家のお風呂は、私達2人が入ってもだいぶ余裕があった。
2人で水の掛け合いっこをしたり、くだらない話をしていると嫌な感じが全くしなかった。
「ずっと、香奈子とお風呂に入っていたい。」
「それは良かった。嫌な感じしないでしょ?」
「うん。」
湯船につかってまったりとしながら、私達は話をする。
こんなにも充実した時間は初めてだった。
私は肩までつかると、疲れが取れていく気分になる。
もしかしたら誰かと一緒に入れば、お風呂も克服できるのかもしれない。
「本当、嫌な感じが全く無い。幸せー。」
「それなんだけどさあ。」
私が幸せな気持ちを噛み締めていると、香奈子が突然静かな声で話し始める。
急に変わった彼女に、自然と私の背筋が伸びた。
「な、なに?」
「なんでお風呂が苦手なのかね?」
それは私の方がずっと気になっている。
何かきっかけがあるわけでもなく、トラウマになる出来事があったわけでもなく、理由がないのはおかしい。
本当に?
本当に理由はないんだっけ?
頭が突然ズキズキと痛みだし、私はこめかみをおさえる。
それでも痛みはどんどん増していって、何かを思い出しそうだった。
家にいる知らない女の人。
私の頭を撫でたその人は、笑っていた。
そしてその顔がお風呂場で……。
「あ、ああ、あああああああああああ!?」
全てを思い出した私は、頭が追いつかずに絶叫する。
そして耐えきれなくなって、だんだんと意識が途切れていった。
最後に耳にした言葉は、頭の中で理解する前に目の前が真っ暗になる。
「まだ、駄目か。」
目を覚ますと自分の部屋で寝ていた。
学校からどうやって帰ってきたのか、記憶にない私は首を傾げる。
まあ寝ぼけているせいだろうと思って、ベッドから起き出し部屋を出た。
リビングに行くとお父さんとお母さんが、顔を見合わせて難しい顔をしている。
「どうしたの?」
私が声をかけると驚いた2人は、何でもないと言って笑った。
特に深くは聞かずに、気にしない事にした。
多分私とは関係ない話だろうから。
それよりも、お風呂に入らなきゃならないのか。
お風呂の空間が苦手というか嫌だから、とても憂鬱だ。
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