13.気分転換
イライラしている時には、気分転換が必要だ。
特に私は、その方法がとても特殊な方法だと思う。
家の近くにある森の中には、私が産まれた時に植えたという種類は知らないが木がある。
その木を使って真夜中に行う。
丑の刻参りではない。
私だけのオリジナルの方法。
その日、いつものように私は木の前に立っていた。
手に持っているのは、たくさんの紙。
それをあらかじめ木にあけておいた穴に、突っ込んだ。
「私に恥をかかせた上司め。」
「電車で足を踏んだ女。」
「結婚しろ結婚しろって、うるさい親戚。」
一つ一つを入れる度に、嫌な事を思い出しては穴の中へしまい込む。
そうしていれば、どんどん気持ちが軽くなっていく。
すべての紙を穴の中に入れた時、私はすっきりとしていた。
「よし。終わり。ありがとうございます。」
終わった後は、私はなおざりにではあるが木に礼をして帰る。
これが私の気分転換のやり方だ。
手順はとても簡単で、しかも私にとっては効果が高い。
ただ嫌な事を紙に書いて、穴の中にしまうだけ。たったそれだけなのに、すっきりしてしまうのだから楽なものである。
高校生の時に思いついてからは、ほぼ毎週のようにこの気分転換をしている。
私の為に植えられた木なのだから、どうしようと私の勝手である。
だから誰にも気づかれず、誰も傷つけない。
とても良い方法だと、私は思っている。
「みなさんって、ストレス解消方法とかってありますかあ?」
会社でお昼を食べている時、そんな話題になる事もあった。
みんなそれぞれ運動、カラオケ、読書などの方法をあげるが、私のは人に言えるものではない。
だからそういう時は、無いと言ってその場はしのいでいた。
しかし何だか、最近物足りなくなってきたのだ。
木に紙を入れるだけ。
それだけじゃあ、ストレスが発散出来なくなっていた。
これはいくらなんでもまずいと思う。
このままでは、私はストレスで押しつぶされてしまう。
だから私は、とても良い方法を実行する事にした。
「最近、森の方でカラスがよく飛んでいるわよね。」
「ふーん。そうかな?」
久しぶりに実家に帰ってくつろいでいると、突然母親がそんな事を言ってきた。
何でもないように装ってみたが、内心で私はとても焦った。
まさか、バレた?
そう思って、母親の顔を観察してみる。
しかしその表情から、ただの世間話だと分かりほっとした。
「何かゴミでも捨てている人がいるのかしらね?見に行った方がいいかしら。」
「つ、続くようだったら見に行けば?それにお母さんは、足が悪いんだから危ないよ。その時は私に言って。」
「ええ。分かったわ。」
そしてさりげなく、私の都合の良いように話を誘導する。
母親も納得してくれたので、何よりである。
これ以上、変に思われない為に何とかするか。
安堵しつつも私は頭の中で、改善策を考えていた。
その日は、どうしようもないぐらいのストレスが溜まっていた。
我慢も出来ず、そのままの状態でいられなかった。
だから私は、木の前に立っている。
穴の中を確認すれば、今日色々と出来るぐらいの余裕はある。
それなら我慢せずに、やってしまおう。
少し前に改善策を考えなくては、と思った事を忘れて私は気分転換を行った。
あらかた終わった時には、辺りは薄暗くなっていた。
私は息を切らしながら、穴の中を見つめる。
その中に詰め込んだものを思い出して、笑いが止まらない。
「あはは。悪いのは、私じゃなくてあなたよ。あはは。」
「何しているの?」
「!?」
笑っていたら、突然後ろから話しかけられて、驚いた私は勢いよく声のした方向を見た。
「何しているの?」
「お、お母さん。」
母親は、全く感情の読めない顔で立っていた。
その目に何だか寒気を感じ、私は数歩後ずさる。
そして母親の手に、鎌を持っているのが見えた。
「な、何してるの?鎌なんて持って。」
どうして、そんな物騒なものを。
更には、どうして私を冷めた目で見てくるのか。
全てが分からない。
それでも良くない状況というのを、本能で察した。
何とか元の母親に戻ってほしくて、いつもの様に声をかけてみるが変わらなかった。
「ねえ。その木、そんなにしていたのあなたなのよね。」
どうしたものか、と思っていたら話しかけられた。
私は返す言葉が無く、ただ黙る。
「その子はね大事なの。親を親だと思っていない、あなたより大事なの。その子に何で、そんな汚いものを入れたの?」
母親は、木に近づいて幹を撫でた。
それをただ見つめながら、この状況から逃げる方法を考える。しかし思い浮かばない。
だから母親が鎌を振り上げても、何も出来なかった。
その刃が私に届く瞬間、走馬灯のように今までの事を見る。
そして思った。
恐らく私は、木の中に入れらてしまうのだろう。
だって似た者親子なのだから。
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