12.見知らぬ夫
その人はある日、私の住んでいる家のインターホンを鳴らして来た。
「はいはーい。どちら様ですか?」
モニター付きインターホンではないので、覗き窓から外を見る。
そこには見知らぬ男性が立っていた。
宅配便でもないし、誰だかも全く分からない。
私は首を傾げながら、扉越しに問いかけた。
「すみません。どちら様ですか?」
向こう側から答えは無い。
まさか不審者なのだろうか。少し怖くなって、私は気づかれないようにチェーンを閉めた。
そうしている内にカサリと、何かがポストに投げ込まれる音がする。
私はもう一度、覗き窓を見た。
そこに先ほどの男性はいなくなっていて、ただ真っ暗な外が広がっている。
「何だったんだろう?」
心からの疑問が、口から出てきた。
しばらく訳が分からずにいたが、ポストに何かを入れられた事を思い出す。
未だに恐怖はあった。
それでも私は、何が入っているのかを確認する事に決めた。
ゆっくりとポストを開ける。
すると水色の封筒が中から落ちてきた。
「手紙?」
私はその封筒を取り出し、中身を読む事にする。
数枚の便せん。
それは、とても綺麗な字でこう書かれていた。
『梨華へ。
この手紙を読むという選択肢を選んでくれて、本当に良かったです。
僕の名前は、後藤玄と言います。
驚くかもしれませんが、あなたの夫です。
今、この手紙を読むのを止めないでください。大事な話があるんです。
あなたはこのままでは、3日後に死ぬ事になります。
だから僕は、それを救いに来たんです。
どうか僕の話を信じて下さい。
明日もまた来ます。
信じてくれるのであれば、明日渡す手紙を絶対に読んでください。
信じてもらうために、あなたについて僕が知っている事を1つ。
あなたの好きな色は水色です。何故、好きになったのかというと空の色と同じだから。そう他の人に言っていますが、本当は特に意味は無いんですよね。
信じてもらえる事を願っています。』
「なにこれ。」
手紙を読み終わった私の感想は、それだけだった。
最初はイタズラだと思っていた手紙。
しかし読み進めるにつれて、私は冗談だと笑えなくなってしまっていた。
手紙に書かれている3日後、私は仕事で治安のあまり良くない場所に行く。
もしかしたらそこで、不慮の事故で死んでしまうのではないか。
半信半疑ではあったが、最後の文章によって信じる気持ちの方に傾いている事は確かだ。
書いてある通りに私は水色が好きである。
そして特に理由は無い。
誰にも言った事の無い話なのに、知っているなんてありえない。
だから明日来る手紙を見て、判断しようと思っている。
次の日。
昨日と同じぐらいの時間に、またインターホンが鳴った。
すでに扉の前でスタンバイしていた私は、何も言わずに覗く。
そこには昨日と同じ人が立っている。
そのまま何も言わずにいれば、しゃがみこんだ後藤さんという男性は、何かを入れる仕草をすると手を振って去っていった。
私が覗いている事が分かっているのか。
それとも何となくか。
知らない人が手を振っているのを見るのは、何となく変な感じだった。
しかも今思うと、ものすごく後藤さんはタイプだ。
もしかしたら未来の夫というのも、あながち間違いではないのかもしれない。
それはともかく、今日もポストに入れられた手紙が問題だ。
私は早速手紙を取り出し、中身を見る。
『今日も読んでくれてありがとう。
完全には信じてくれないだろうけど、それでも嬉しいです。
早速本題に入りましょう。
もしかしたら分かっているかもしれませんが、明日の仕事には行かないでください。
そこですぐに死ぬ訳ではありませんが、その事故が元で寝たきりになってしまい、僕と会った時にはすでに衰弱している状態でした。
だからお願いです。
明日の仕事は休んで、そして1度僕と近くのカフェで会って下さい。時間は9時に。
そこで色々と話しましょう。
来てくれる事を、心から願っています。
お願いします。
今日も一応、あなたの事を書きます。
昔、学生の頃あなたは捨て犬を拾ってポポと名付けましたね。
しかし最初は、からあげにしようとしていた。
信じて下さい。』
私は手紙を読み終えると、ものすごく悩んだ。
明日の仕事は、別に私が行かなくても何とかはなる。
しかしそうとはいっても、本当に彼の話を信じていいものか。
しばらく悩みに悩んで、結局私は。
「会ってみようかな。」
後藤を信じてみる事にした。
そして私は今、指定されたカフェの席に座っている。
後藤はまだ来ていない。
指定された時間よりも随分早いから、仕方ないかもしれない。
注文しておいた紅茶を飲んでいると、誰かが入ってくる音がした。
音のしている方を見れば、後藤さんだった。
辺りを見回して私と目が合うと、顔をほころばせて私に近寄ってくる。
「お待たせしました。」
「いえ。そんなに待っていないですよ。」
静かに座った彼は、寄ってきた店員にコーヒーを頼むと恥ずかしそうに頭をかいた。
「来てくれてありがとうございます。もしかしたら来ないかとも思っていたので、本当に良かった。」
「それでお話って?」
コーヒーが来るのを待って、私は本題に入る。
一口飲んだ彼は、穏やかな表情で話し始める。
「今はここにいるんだけど、僕は未来から来た。そして君を変える為に。今日来てくれた事で未来は変わったはずだ。本当にありがとう。」
「あなたは私の夫なんですよね。それでえっと、どうしよう。」
私は、彼に何を聞けばいいか分からず戸惑ってしまう。
そんな姿を愛おしそうな顔で見られてしまうと、更にどうしたらいいか分からない。
「聞きたい事はたくさんあると思う。でも答えられなくて、ごめんね。それに、もうそろそろ時間なんだ。」
そのまま気持ちを落ち着かせる為に、私は紅茶を飲んだ。
しかしそうしていると、腕時計をちらりと見た彼がとても残念そうな顔をする。
そして懐から財布を取り出しお金を置くと、私の頬を1度撫でた。
「また、会おうね。」
最後に額にキスをして、悲しそうに去っていく。
その後ろ姿を追いかけたいと思う気持ちもあったが、今は駄目だと我慢した。
いつになるかは分からないけど、きっとまた会えるのだから。
本当に?
未来が変わった先に、彼はいるのだろうか。
会う未来さえも変わってしまったのではないか。
それよりも彼が、私の夫というのが嘘じゃない保証はない。
それが分かるのは、これから先のいつになるのだろうか。
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