11.納得のいく
俺は自他ともに認める、素晴らしい芸術家だ。
大学に通っていた頃に、趣味で描いた絵を気まぐれにコンクールに出したら大賞を取り、メディアに取り上げられた。
それから容姿の良さも相まって、俺は一躍時の人になった。
個展の開催、テレビ番組の出演、画集の出版。
俺は周りの変化に、有頂天になっていた。
人生こんなにも簡単で、良いのだろうか。
先の未来の安泰に、笑いが止まらなかった。
しかしそれが、今は俺の苛立ちの原因となっている。
「新城さん。最新作の予定はいつ頃ですか?」
「マネージャーを通して発表する。今は確かな事は言えないな。」
「そこを何とか。……本当は描けないくせに。」
俺はまとわりつく記者を受け流すが、最後に言った言葉は見逃せなかった。
「てめえ、どこのだ。お前の所には、新作出来ても紹介させないからな。」
ぎろりと睨むが、馬鹿にした顔をされた。
それに何も言い返せないのは、俺が自分で駄目な事が分かっているからだ。
ここ数年、俺は何も描けていなかった。
スランプだという言葉で言い表したくないほど、何のアイデアも浮かばない。
それなのに周りは、新作を待ち望む声を俺に突きつけてくる。
ハードルがどんどん上げられて、下手なものは描けないプレッシャーに俺は追い込まれていった。
だから最近は、筆もキャンパスも見る事さえ嫌になっている。
それでも周りは、俺の気持ちもわからずに作品を望む。
「あー!クソ!!何で描けないんだよ!ふざけんなよ!!」
俺は真っ白なキャンパスの前で、拳を握って怒鳴った。
この前の記者の暴言を思い出せば、描く気力につながると思っていた。
しかし気持ちとは裏腹に、最初の一筆さえも描けない。
そんな俺を後ろから眺めている妻の亜矢子は、そっと肩に手を置いた。
「あなた、少し休憩したら?あまり根を詰め過ぎるのも良くないわよ。」
亜矢子は元女優で、とあるテレビ番組で一緒になった時に知り合った。
そしてスランプに陥っている俺を、献身的に支えてくれている。
俺は肩に置かれた手に、自分の手を重ねてゆっくり息を吐いた。
「そうだな。一旦やめよう。何か一緒に食べようか。」
座っていた椅子から立ち上がれば、歳のせいか体のあちこちが軋んで痛い。
軽く伸びをして、亜矢子を引き寄せる。
抵抗も無く、腕の中に収まった存在の尊さに俺は癒された。
恐らく亜矢子がいなかったら、俺は既に筆を折っていただろう。
一番近くで俺の絵を楽しみにしながらも、決して焦らせない彼女のおかげで、今でも描こうという気持ちが無くならないのだ。
「大丈夫よ。焦らなくていいの。あなたのペースで、ゆっくりゆっくり描ける時に描くの。」
イライラとしている俺をそう言って宥めてくれる彼女の言葉に、どれほど救われてきた事か。
彼女なしでは、この先の人生どうしようもないと思うようになっていた。
今日は久しぶりに、新作の構想が頭の中に浮かんでいる。
気分転換に外へ出かけたのが、いい刺激になったようだ。
この思いのまま描けば、俺を馬鹿にしたやつを見返せるし、亜矢子もきっと喜んでくれるはず。
俺は浮き足立つ気持ちを何とか抑えて、早足で家へと帰っていた。
彼女を驚かせるために、帰宅の連絡も挨拶もせずに玄関の扉を静かに開けた。
家の中は薄暗く、とても静かだ。
亜矢子が出かけるというのは聞いていないので、家にいるはずなのだが。一体どこにいるんだろうか。
リビング、キッチン、書斎、ベランダと様々な所を探すが見つからない。
まさか強盗でも入ったのか、心配になった俺は警察に電話するかと考えながら、まだ探していない部屋である寝室の扉を開けた。
開けた瞬間、不快な臭いが鼻につく。
しかし嗅いだことのある事に疑問を感じ、中へと静かに入ると臭いの正体が分かった。
ベッドの上では裸の亜矢子が、情事の痕をくっきりと残して寝ていた。
相手はいないようだが、そんな事はどうでもいい。
俺の頭は真っ白から、真っ赤にすぐに切り替わった。
だから足音荒く彼女に近づくと、その体を揺さぶって無理やり起こす。
「ん。んん。なあに?……きゃ!?
あなた!?」
ぼんやりと覚醒した亜矢子は、最初は俺の事を違う誰かと勘違いしていたようだ。
今まで見たことの無い、妖艶な笑みを見せた。
しかしすぐに俺だと気づき、脇にあった布団を手繰り寄せながら起き上がる。
俺はその一連の流れを冷めた目で見ながら、彼女に静かに聞く。
「今まで何していたんだ。」
問われた彼女は視線をさまよわせて、結局誤魔化すことを諦めたのか、俺を鼻で笑った。
「何って、この状況見て分からないの?」
あまりにもな態度に、俺の目の前が赤く染まっていくのを感じる。
しかし彼女の話を最後まで聞いてから判断しようと、何とか自分を抑えた。
亜矢子は吹っ切れたのか、聞いてもいないがペラペラと話し出す。
「私は、あんたが絵で売れてるから結婚してあげたのに。今の腑抜け具合にはうんざりなのよ。絵以外に良い所無いんだから、刺激を求めるのは当たり前でしょ?」
確かに結婚してから今まで、俺たちの間にそういった男女の行為は数える程しかなかった。
それはただ、精神的な部分で支えてくれているのだと思っていた。
まさか裏切られていたとは。
俺は自嘲的な笑いが零れ出た。
そんな俺に対して何を思ったのか、亜矢子はしなだれかかってきた。
「何てね。嘘よ嘘。本当は寂しかっただけなの、だから許して。あなた。」
そうして俺の口に唇を寄せて、キスをしてこようとする。
俺はその頬に手を当てて、目を閉じた。
『皆様お待ちかねの新庄さんの新作が、まもなく発表されます!世紀の瞬間を見逃さないように!』
マイクを通した司会の声が、大きな会場に響く。
俺はステージの中央で、周りに愛想を振りまいていた。
数ヶ月の月日をかけて、ようやく完成させられた新作。
今日はそのお披露目の為、マスコミ、芸能人など様々な人が集まっている。
カメラのフラッシュに目がやられそうになるが、絶対に笑みは崩さないようにする。
この日が来るのを、どれほど待ち望んでいた事か。
もうすぐ披露できる作品は、俺の最高傑作といっても過言ではない。
見せた瞬間に、ここにいる人達の顔がどう変わるのか本当に楽しみだ。
『さて。もうそろそろ見せる時間も迫ってきましたが、まず新城さんにインタビューをしたいと思います。』
「よろしくお願いします。」
マイクを2つ持った司会者が、俺に片方のマイクを渡してきた。
それを受け取ると、更に大量のフラッシュが浴びせられる。
『今回の新作のテーマは、奥様の亜矢子様をモチーフにしているとか。あとは完成まで誰にも見せていないとか。たくさん聞きたい事はあるんですが、ずばり短く直球に聞きます。出来栄えはどうですか。』
「最高傑作です。これ以上の作品は、もう2度と描けないと思います。」
自信を持って言えば、会場内がにわかに色めき立つ。
司会者も満足そうに頷いた。
『それは楽しみですね!では皆さんお待ちかねの、新作の発表です。この仕切りの向こう側に、すでに用意してあります。カウントダウンをして、これを外しますので皆さんお手数ですが、私と合わせて下さい。』
彼は手を上に突き出し、3本の指を立てる。
『じゃあ、行きますよ!3!』
会場のほぼ全員が、期待の眼差しで俺の後ろにある仕切りを見ている。
もうすぐだ。
『2!』
この作品は、妻の亜矢子の為を思って丁寧に作った。
『1!』
時間をかけた分、本当に納得の出来るものだ。
『0!!どうぞ!!』
司会者の合図と共に、スタッフの手によって仕切りは外される。
そこから現れた、俺の身長よりもずっとずっと大きな絵を見て歓声が沸き起こった。
しかしその声は、すぐに戸惑ったざわめきになる。
私は絵を見ている人々の顔が、恐怖に歪んでいるのを満足しながら眺めた。
そして後ろを振り返る。
すぐ後ろにある絵は、妻の亜矢子だ。
丁寧に丁寧に臭いが出ないように気を付けて、作った甲斐もあって不快な気持ちにならない。
目を閉じて座っている構図の彼女は、まるで眠っているみたいだ。
これは本当に、美しい。
私の中にある純粋な彼女を、絵の中に閉じ込めたのだから当たり前かもしれないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます