10.戦いの日々
誰にも気づかれていないが、私は常に戦っている。
人ではない者を相手に。
そいつを『不人』と呼んでいて、人に害をなす前に倒すようにしている。
ゾンビに似ているので、頭を攻撃すれば一発だ。
奴らは倒しても倒してもきりが無いので、私はいつも眠気を抱えて生活している。
学校ではそんな私を変人扱い。
しかし彼等を守ってあげているんだという余裕で、その事があまり気にならなかった。
今日も私は夜、街に出て不人を探していた。
奴等は人気の無い所を好むので、行くのは公園や路地裏、住宅街だ。
「今日はっと、いないな。まあ、たまにはこんな日もいいか。」
よく出現するルートを確認したが、今日は気配を感じない。
今日は早く帰れそうだ。
たまの休息を得られそうな事に心が躍る。
しかしそういう時に限って、トラブルというものは起こるのだ。
「……いた。」
100メートル先、そこに不人がいた。
ふらふらと覚束ない足取り。そして明らかにその目は、人間のものでは無かった。
「はー。さっさと終わらせられるかな。明日はテストなのに。」
少し愚痴が出そうになるが、それでも世界の安全を守るためだ。
私にしか出来ない事なのだから仕方が無いと、私は持っていた得物の感触を確かめた。
思っていたよりも時間がかかってしまい、次の日起きた時は寝不足だった。
ぼんやりとする頭を抱えて、私はベッドから起き上がる。
そうして誰も気づかれない成果を、学校に行くまでの間に噛みしめるのだ。
その高揚が、私を生かす源になる。
私が孤独な戦いを始めたのは、2年前からだ。
街を歩いていて、不人に襲われた。
その時はパニックになって、何も考えずにひたすら暴れたので何とかなったが、そこで私は人ならざる者がいる事を知った。
そいつ等は、何時でも私達人間を狙っている。
たまにニュースで流れる被害者の大半は、不人のせいである。
誰も気づいていないが、知った私が何とかするべきなのだ。
私には苦手な人がいる。
不人ではない。
それは私の弟恭介だった。
「姉ちゃん。また夜に出かけたの?」
「あ、あんたに関係ないでしょ。」
何をしているのかは分かっていないと思うが、恭介は私が外に行くのを知っている。
家を出る時には、細心の注意を払っているはずなのに何故かバレているのだ。
「でも危ないでしょ?あんまり酷いと、お父さんやお母さんに言っちゃうよ。」
「それは止めて。お願いだから。そういうえば、あんた今日は勉強会って言ってなかった?早く準備しなさいよ。」
そしてたまに私を脅してくる。
彼を刺激しないようにしているのだが、それも時間の問題な気がする。
しかし不人を倒すのを止めるわけにはいかない。
だから何とか毎回、話をうやむやにさせて終わらせている。
今夜も不人を倒した。
しかも数が多くて、3体もやってしまった。
体力的にも精神的にも辛い。
私は重い体を引きずって、家へと帰る道を歩いていた。
返り血が服に大量についてしまった。
これを親に何て説明するべきか。それとも自分で何とかするべきか。
とても迷っていた。
「頭が痛い。腕が痛い。足が痛い。もう動きたくない。」
誰もいないので、言いたい放題に心の中にたまっていたものを吐き出す。
そうしていれば、少しはましになる気がした。
歩いていれば、いずれは目的理に辿り着く。
もうすぐ家に着く所だというところになって、安心していた私は遠くにいる人影に緊張を高める。
もしかして不人か。
ちゃんと得物が使えるのを確認し、私はその人影に近づいた。
「きょ、恭介。」
「お帰り。姉ちゃん。」
しかし近づくにつれて、それが弟の恭介だと分かる。
私は分かった瞬間に、別の恐怖から立ち止まった。
恭介は笑っていた。
心配そうな弟の体ではあるが、それが本当の姿だとは絶対に思わない。
だから近づいてくる恭介を、警戒して待ち構えた。
「何で、ここにいるの?」
「それはこっちのセリフだよ。あんまり酷いと、お父さんやお母さんに言うって約束したでしょ?破ったの?」
「わ、私はそんな約束していない。勝手な事、言わないで。どいて、帰るから。」
あくまでしらを切るつもりの恭介と、これ以上話を進めるにはあまりにも疲れている。
とりあえず今は家に帰って、万全の時に話をしたいと私は彼の脇を通り抜けようとした。
「待って。まだ話は終わってないよね。」
しかし腕を掴まれて、それは出来なかった。
私は自分の力では外せない事を悟ると、恭介を下から睨む。
「眠いの。だから話なら明日にしてくれない?」
睨まれた恭介は笑みを深めた。
更に掴む手の力を強くする。
「姉ちゃん。とっても心配したんだよ。何で出かけているのかぐらいは、言ったらどうなのかな。」
恭介が怖い。
私は手の中をもう一度、確認した。
その間にも、彼の口からは言葉が止まらない。
「そういうのって良くないと思うんだ。未成年なんだから、慎んだ行動を取るべきなんだ。誰とどこで会っているんだか知らないけど、絶対に駄目だ。許さないよ。」
瞳の中のハイライトを失い、もう私の知っている恭介の姿では無かった。
それを確認した私は、掴まれていない方の手に持っているカッターを取り出し勢いよく振りかぶる。
「はい。ストップ。」
しかしのんきな声と共に、その手は掴まれた。
私は驚きと共に、目を見開く。
「姉ちゃん。何を勘違いしているか分からないけど、俺は不人じゃないよ。」
「なっ。」
言葉が出なかった。
まさか恭介も、その存在に気が付いているとは。
その事実に、私は仲間が出来たという喜びと少しの不信感に包まれた。
本当に仲間なのか。
それでも私は、カッターを持つ手の力を抜いた。
「分かってくれたようで何よりだよ。まあ、分かってくれたという事は、これから俺もついていくからね。」
「え。それは。」
「断ったら、本気でお父さんとお母さんに言う。」
何だかついていけないまま、話が勝手に決まっていく。
しかし私に拒否権は無い。
渋々頷くしかなかった。
それを見て満足した恭介は、ようやく手をはなしてくれる。
少ししびれた腕を振って、感覚を取り戻すと私はさっさと家への道を歩く。
「待ってよ。姉ちゃん。」
その後ろから焦った声が聞こえてきたが、振り返る事も待つ事もせずに内心で笑う。
それにしても、恭介が不人じゃなくて良かった。
見分けるのが結構難しいから、間違えたとしても仕方がないけど。
まあ、もし今まで人間を殺していたとしても、尊い犠牲というものだ。
我慢してもらうしかない。
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