9.おにごっこ





 たまには家族サービスをしようと、休みを利用して息子の洋輔を公園に連れてきていた。


「パパ。だれもいないね。」


「平日だからかな。ごめんな、友達が出来ればと思っていたんだけど。これじゃあ無理か。」


 繋いでいた手を離し、洋輔の頭を撫でる。

 恐らく私の言っている言葉をあまり理解していないと思うが、にこりとこちらを見て笑った。


「あそんでくるね。あ!おすなのところにだれかいる!」


 息子の笑みに和んでいたら、公園の方を見て顔を輝かせた洋輔は元気よく走っていく。

 視線をたどれば、確かに砂場に同じ年ぐらいの男の子が1人で山を作っていた。


 全く気が付かなかった。いつからいたんだろうか。


 少し不思議に思ったが、友達になれたとしたら良い事だ。

 一応挨拶をしておこうと周りを見回して、その子の親を探してみる。


 しかし見る限り、どこにもいない。


 近所の子で、1人で来たのだろう。

 とりあえず私は砂場の方に、近づいた。


「こんにちは。ようすけだよ!」


 洋輔はその子に近づいて、元気よく挨拶をしている。

 ちゃんと出来て偉いな、と親馬鹿の考えを頭に浮かべながら様子を見守った。


「きみのなまえは?」


「ぼく?ぼくは、はじめ。よろしくね。」


「うん!いっしょにあそぼ!!」


 どうやら仲良くなったようだ。

 人見知りのしない子だったから大丈夫だとは思っていたが、あまりにも早かったので笑ってしまう。


 安心した私は近くのベンチに座る事にした。

 誰もいなかったら一緒に遊ぼうかと思っていたけど、友達が出来たのならその子と遊んだ方が良い。

 2人が遊ぶ様子を、私はしばらく眺めていた。



「なにしてあそぶ?」


「そうだねえ。おにごっこは?」


「うん!そうしよう!」


 子供は凄いな。

 2人だけの鬼ごっこなんて、何が楽しいのか。

 大人になって体力も落ちてしまった私には、到底無理な話である。


 しばらくは追いかけ合っているのを眺めていたが、仕事の疲れがたまっていたのか、目を閉じるとそのまま眠ってしまった。





「おとうさん。おきて。おとうさん。」


「ん、なんだ。」


 体を揺すられ、私はぼんやりと起きる。

 辺りはすっかり、薄暗くなっていた。


 思っていたよりも、ずっと深く眠ってしまっていたようだ。


「ごめんごめん。ようすけ……?あれ、君は。」


 私の裾を揺らしていたのは、はじめと名乗っていた子だった。

 未だに頭がぼんやりとしているが、すぐに辺りに洋輔の姿が無い事に気が付く。


「はじめ君、だよね?洋輔はどこだい?」


 姿の見えない洋輔に不安になるが、はじめが知っているだろうと聞いた。

 しかし彼は、きょとんとした顔をして首を傾げる。


「ようすけくんはかえったよ。おにになったから。それよりもかえろう?おとうさん。」


 一体、この子は何を言っているんだ。

 私は恐ろしくなり、子供だと分かっているがはじめの肩を掴んで問いかけた。


「私は君のお父さんじゃないだろ。洋輔はどこに行ったんだ?嘘はつかないでくれ。」


 少し強めに肩をゆする。

 それでもはじめは、首を傾げた。


「なにいってるの?おとうさんはぼくのおとうさんでしょ。ようすけくんはかえっていったの。あそこに。」


 彼が指した先は、砂場だった。

 私はとうとう我慢できなくなって、大きな声で怒鳴ってしまう。


「いい加減にしなさい!」


 はじめは大きく体を震わせた。

 そして瞳に涙を浮かべる。


「だってほんとうだもん。うそついてないもん。」


 そのままポロポロと涙を零して、私に訴えてきた。

 段々とその声が大きくなってしまうので、公園の周りを歩いている人の視線が突き刺さってくる。


 このままじゃ警察に通報されてしまう。

 危ないと思った私は、どうしようもなくなって携帯を取り出し妻に電話をかけた。



 電話の向こうで説明を聞き終えた妻が、とりあえず公園に来てくれることになった。

 私は来るのを待ちながら、はじめを何とか泣き止ませようと必死に宥める。



 ようやくはじめの涙がおさまった頃、公園の入り口に妻の姿を見つけた。


「あなた!」


 顔をこわばらせた彼女は、私の方を向くと安心した表情になる。

 そして私達に走って近づいてきた。

 私は妻を落ち着かせる為に、立ち上がり詳しい説明をしようとする。


 しかし彼女は私の脇をすり抜けて、はじめに勢いよく抱き着いた。


「はじめ!」


 私は驚いて言葉が出なくなる。

 彼女は一体何をしているのか。どうしてその子を抱きしめているのか。

 疑問で頭がいっぱいだった。


「おまえ。」


 ようやく言葉が出るようになり、恐る恐る話しかける。

 そうすると彼女は顔をあげた。


「いなくなったって言ってたけど、いるじゃない!本当に心配したんだからね!全くもう!」


 まるで、はじめが息子だといっているかのような言葉。

 私は更に困惑して、彼女に言った。


「その子は違うだろう?私達の子供は洋輔だろ?」


 しかし彼女は、いぶかしげな顔をする。


「あなたこそ何を言っているの?私達の息子は、この子。はじめでしょ。さ、帰りましょう。今日はハンバーグを作ったのよ。」


「やったー!」


 そのままはじめの手を握り立ち上がると、ほのぼのと会話をしながら歩き始めた。

 私は何かを言おうとしたが、結局何も言えずに一度砂場の方を見ると、2人の後を追う。



 公園を出る時、子供の泣き声が後ろから聞こえてきた気がした。





 それから、私の生活にはじめという息子が入り込んできた。

 最初は洋輔とは違う性格の彼に、違和感があった。


 しかし、しばらくすると自分でもおかしいと思ったが慣れてしまう。


 あんなに愛おしいはずだった洋輔の事を、いつしか全く思い出さなくなっていた。

 それは妻を始め、周りの人がはじめを息子と認識しているのが大きいかもしれない。




「おとうさん、おとうさん。」


「何だ?はじめ。」


 今では話しかけられても、普通に返事するようにまでなってしまった。

 はじめは頭の良い子で手もかからず、育児の面ではとても楽だ。


 わがままも全然言わないが、今日はどうやら違うらしい。


「あのね。こうえんにあそびにいきたい。」


「良いぞ。今日は休みだし行こうか。」


 可愛らしいお願いに、私は頬を緩ませて了承した。




 そして来たのは、例の公園だった。

 何だか嫌な気持ちになるが、はじめがここが良いと言ったのだから仕方がない。


 公園に着くと、まっさきに砂場へと走っていく後ろ姿を眺めながら、私は前と同じベンチに座った。


 はじめは砂場で、ごそごそと何かを掘る仕草をしている。

 私はしばらく見ていようと思ったが、突然襲いかかってきた睡魔に抗えず目を閉じた。





「パパ。パパおきて。かえろう。」


 体がゆすられる感覚で起こされる。

 私は驚いて、体を震わせてしまった。


「よ、洋輔?」


 目を開けて見た先に、きょとんとして立っているのは久しぶりの洋輔だった。

 近くにはじめの姿は無い。


 少し戸惑ってしまったが、さすがに2度目なので受け入れるのは早かった。


「そうだね。帰ろうか。」


 私は誰もいない砂場を見つめて、そして洋輔の手を取る。

 そこから視線を感じるのは、きっと気のせいなんだろう。





 こうして洋輔は戻ってきたのだが、今の私はそれを素直に喜べなかった。


 それは、とある事実を知ってしまったからだ。




 洋輔とはじめという少年の入れ替わり。

 今回が初めてでは無かったのだ。


 私はある日、昔のアルバムを見ていた。

 そしてすぐに気が付く。



 0、1、2、3、4歳。

 それぞれ全く別の子が写っていた。

 何度見返しても、名前を確認しても間違いない。

 最初の子は、洋輔という名前では無かった。


 それは覚えていないが、入れ替わりが何度もあったという証拠。

 私はしばらく呆然として、そして長い間考えた。





 そして導き出した結論は、別に構わないかという気持ち。

 誰が息子でも良い。

 元々、休みの日や少しの時間しか会わないのだ。


 手のかかる子じゃなきゃ、特に不満もない。






 きっとそう考えてしまうからこそ、こんなにも何度も息子は変わるのだろう。

 1番、狂っているのは私なのだ。





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