8.変わらない
変わるという事が、とても苦手だ。
私はいつもの日常を、ずっと続けていたかった。
しかし、周りはいつもそれを脅かそうとしてくる。
「亜子。結婚してくれないか。」
「あ。えっと。」
数年付き合ってきた彼に、いつもは来ないような高級なレストランに連れて来られた。
その時点で、何か嫌な予感はあった。
しかし緊張している様子はあったが、特に何も言ってこないから安心していたのに。
目の前に出された指輪と、周囲の生温かい目に私はどうしたら良いのか分からなくなる。
まさかサプライズでプロポーズをしてくるとは。
私の顔は引きつった。
これは好きでも嫌いでも、断りにくい状況ではないか。
「は、い。」
そんな中で断るなんて勇気もなく、本当に嫌だったが頷いた。
わっと歓声が沸く。
目の前の彼が感極まって、私に抱き着いてきた。
それを受け止めながら、変わらせようとする彼に嫌悪を抱いた。
会社でお弁当を食べていたら、隣の席に誰かが座る。
ちらりと見れば、同期の大塚だった。
特に接点の無い彼が、何の用だろうか。
その気持ちが顔に出てたのか、苦笑される。
「急にごめんね。でも君の婚約者が行方不明になったって噂を聞いて、ちょっと気になって。」
「そうですか。」
私はお弁当の中の卵焼きを一口食べて、彼から目を逸らす。
プロポーズをされてから1ヶ月も経っていないが、大塚の言う通り現在彼は行方不明になっている。
届けも出した。しかし警察は事件性が無くては、きちんと捜索をしてくれないと聞く。
ただの失踪として、片付けられてしまいそうである。
そのせいで、周囲の同情の眼差しが最近とても痛い。
そこまで辛いとも悲しいとも思っていないから、なおさらだった。
「そうですかって。結婚する予定だったんでしょ。冷たいな。」
「あまり接点の無いあなたに、こうして話しかけられる理由が見当たらなくて。結局何を言いに来たんですか?」
せっかくの休憩時間なのに、この話を続けるのは疲れる。
そう思って、軽く睨んでみた。
しかし特にダメージを与えられなかったようで。
「そんな怖い顔しないでよ。元気を無くしているんじゃないかって、励ましに来ただけだよ。大丈夫そうだから、さっさと退散するよ。」
怖い怖いと軽口を叩いて、大塚はひらりと去っていった。
私はしばらく隣の席を睨んで、そして考えても仕方ないとお弁当に意識を移した。
最近、妙に大塚が付きまとってくる。
あの日から、間を置かずに食事の誘いを始め、訳が分からないが小旅行の誘いまでされた。
その全部を素っ気無く断っても、落ち込んだり諦めたりする様子が見当たらない。
段々と相手にするのも疲れてきた。
「もう、いい加減にしてください。」
だからとうとう、私も堪忍袋の緒が切れた。
飲みに誘ってきた大塚に、ついに言ってしまった。
私の言葉にポカンと、口を開いたままあほ面をさらしていた彼はすぐに軽薄な笑みを浮かべる。
「怒った顔も可愛い。分かった。誘うのはほどほどにしておく。でも話しかけるのは許してほしいな。」
「何でですか。」
「俺がそうしたいから。」
何を言っても無駄だ。
主張を全く理解してもらえなくて、私は脱力してしまう。
それをどう解釈したのか、大塚は笑って手を振りその場から立ち去った。
私はいつもの日常を壊そうとしている彼に、頭の中で警報を鳴らしていた。
おかしい。
未だに私の周りには大塚がいる。
こんなはずじゃなかった。
思い描いていた計画と違う事態に、私はとてもいらいらとしている。
「最近、怖い顔をしすぎじゃない?」
今も目の前で、私の頬に手を伸ばそうとしている大塚から距離を取った。
「触らないでください。セクハラで訴えますよ。」
「それは駄目だよ。でも優しいからしないでしょ?」
しかし下がった距離分、近づかれる。
それを繰り返していれば、背中に壁の感触。
追い詰められたと感じたのは、顔の脇に手を置かれてからだ。
そして大塚の顔が、すぐ目の前に来る。
吐息を感じるぐらいの近さに、私は全身が一気に鳥肌になった。
「本当、冗談は止めて。」
下手に動く事も出来ず、顔を逸らして言う。
そうすれば彼は、小さく笑った。
「冗談?本気だよ。俺は君の事なら何でも知っているし、何でもしてやりたいと思っている。」
「そんな事、絶対無い。」
彼が私の事を何でも知っているなんて、それは絶対にありえない。
分かっていたら、今こんな風にしている場合じゃないだろう。
「知っているわけない。絶対に知らない。」
「例えば君が婚約者の事が疎ましくて、消えてしまえばいいと思っていた事とか。」
私は驚きで声が出せなかった。
周りの誰も気づかなかった事実に、大塚は気づいているのだとでもいうのか。
しかし彼の言葉は、それを証明している。
「ちゃんと知っている。変わる事が苦手だから、それをしようとする人には嫌悪する。」
「じゃあ何で。」
「何で俺がこんな行動を取ったかって?」
私の事を知っているのなら、今までの大塚の行動の訳が分からない。
何故、わざわざ私が嫌だと思う事をしてくるのか。
そのせいで彼の好感度は底辺にいる。
「そんなの簡単だよ。俺は君のその変わる事が苦手なのを、変えてやりたいと思っているんだ。俺色に染めるってやつ?だから今までの事は、あえてやったんだよ。」
この男は一体、何を楽しそうに言っているのか。
歪んだ笑みが視界の端に見えて、私は小さく息を飲んだ。
「逃げて他の男の所に行こうとか、思わないでね?処理するの結構大変だから。婚約者をやるのも、時間かかっちゃったし。絶対に逃がさないから。」
慈しむ様に髪を撫でられ、大塚は私を抱きしめた。
その腕の中に大人しく収まりながら、これからの未来を想像して涙を零した。
そう遠くない内に、彼の手によって変えられてしまうのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます