第59話 イネちゃんと旅立ち

 その後、キリー・アニムスが農地を潰して立てた軍用地を改めて農地に再生したり、ヴェルニアの館のそばに日本家屋……もとい教会を建設したりで忙しくしていてあまり考える時間が取れなかったものの、逆に考える必要がなかったからこそ、イネちゃんの中で色々なことを整理するいい時間になったのかもしれない。

 ここまで計算していたかはわからないけれど、ササヤさんには感謝かな。

 整理がついたおかげでイネちゃんはリリアさんの護衛を受けることにして、まずキャリーさんにお話してから、リリアさんと一緒にギルドまで行って正式に護衛依頼を受けて……ヨシュアさんが使っていた幌馬車をイネちゃんたちに使わせてくれた。

 そんなわけで今、出発の日。ヴェルニアの館の前でヨシュアさんからM25を馬車に積み込んで貰い、リリアさんはお馬さんかヌーカベかで悩んでいるところで、今度は出発前にしっかりと挨拶をする。

「じゃあ行ってくるよ、ヨシュアさんたちはしっかりとキャリーさんとミルノちゃんを守ってね」

「イネのほうこそ、3人っていう少人数なんだから気をつけるんだよ」

「そうよ、本当3人って……他に誰かいなかったの?」

 イネちゃんの言葉にヨシュアさんとミミルさんが心配してくれる。

「キュミラさんが空から索敵してくれるし、リリアさんが探知魔法を使えるからそこまで心配することはないよ。イネちゃんのほうも復興の土台作りになる半月の間にお父さんたちと連絡取り合って、ギルドに寄れば転送魔法で武器弾薬の補給はできるし、弾薬のリロードも安定してできるように準備はしたからね」

 まともに戦闘ができるのがイネちゃんだけっていう点を除けば割とバランスのいい形ではある。うん、本当まともに戦闘ができるのがイネちゃんだけって点を除けば。

「でも、野盗とかには難しいと思うから、本当に気をつけるんだよ」

「……私がまだ体力戻りきっていないからだよね、ごめん」

 ヨシュアさんの後にウルシィさんがしなくていい謝罪をする。

 あの時は散々皆が皆自分を責める形になっていたけど、今はウルシィさん以外がある程度は自分の中で整理をつけてはいる。……いやまぁイネちゃんも整理をつけただけでまだ判断ミスはあまり飲み込めてないんだけど、ウルシィさんは半月経ってもまだ体力が戻らないから焦りも含めて整理すらつけられていないみたい。

 正直心配ではあるけれど、ヨシュアさんたちがいるのならウルシィさんは大丈夫だと思うから、ここ数日繰り返し言ってきた言葉を改めてかける。

「あれは本当、ゴブリンが悪かっただけだから、ね。皆がもっと強くなれば次、同じような状況になっても何とかできるようになる。イネちゃんはそのために護衛依頼を受けたんだから、ウルシィさんがそんなことを言う必要はないんだよ」

 まぁ、ここ数日繰り返し言ってきた言葉なんだから、当然ウルシィさんの反応も……。

「そう、だよね……このままだとイネが出発しにくくなっちゃう。前に進もうとしているイネの足を引っ張るようなことになるほうが、私は嫌だから、私もココロさんたちにいいよって言われたら頑張るから、イネも頑張って!」

 あれ、いつもと違う。いやまぁウルシィさんが前向きになったわけだから、これでいいんだけど。

「うん、ウルシィさんありがとう。お互い頑張ろうね!」

「……うん!」

 イネちゃんとウルシィさんが笑顔になったところで、キャリーさんとミルノちゃんが来て。

「イネさん、食糧のほうをあまり用意できず、申し訳ありません」

 とキャリーさんはまず謝罪から入ってきた。

「いやいやいや、今一番食糧が必要なのはヴェルニアの街の人たちなんだから、これでいいんだよ」

 収穫までが早い作物でひとまずの食糧を確保しつつ、新しい農地でおいもとお米を作っているため、街の人全員が食べられるだけの量は完全に確保できていないのだから、こればかりは仕方ない。

「ですが、お友達が旅立つというのに何もしてあげられないのは……」

「キャリーさん……じゃあ、今度再会したとき、もしくはイネちゃんがこの街に戻ってきたときにもっともっと街の人が笑っているようにしておいて」

「イネさん……それは、当然です!」

 イネちゃんとキャリーさんのやり取りを見て、ミルノちゃんが笑った。

「じゃあ2人が約束を守れるように、私はお姉ちゃんのお手伝いを頑張らないとね」

「ちょっとミルノ、今は一応公式の……いえ、今日は私もミルノのこと言えませんね」

 とキャリーさんが苦笑したところでイネちゃんとミルノちゃんも笑い、3人が声を上げて笑い始めたところで。

「えっと、結局安全を踏まえた上で父さんにも許可をもらったからヌーカベにしたんだけど……なんだか楽しそうだね」

 ヌーカベにしたらしいリリアさんが、幌馬車にヌーカベを繋げ終えたのか笑顔で話しかけてきた。でも今視界に入ったんだけど、明らかにあれ馬車から手綱を握った場合前が見えないんだけど、どうするんだろう……ヌーカベが大きすぎるんだよなぁ。

「イネ、頼まれたものは積んでおいたけど……やっぱりヌーカベは大きいね、あれだと前が確認できないと思うんだけどどうするんだろう」

 いつも質問役ありがとうヨシュアさん。

 あぁでも今後はイネちゃんがやらないといけないのかな……案外大変なんだよねぇ、質問役って。

「あぁ、ヌーカベの上から私が指示出したりするから大丈夫だよ。まぁ聖地のほうではけしからんって言われるかもだけど、父さんのやり方だとヌーカベが喜ぶから、なんだか聖地だとヌーカベに乗ってもいい派とダメ派が生まれてるらしいんだよね」

「派閥争いが生まれているんじゃないかな、それは」

「あぁいや、上層部が軒並み父さんのやり方に賛同してるからそれはないかな。むしろヌーカベが喜ぶのならそれでいいじゃんって」

 うわー上層部のノリが軽い。

「今の司祭長は姉ちゃんたちの父さんで……父さんの兄、つまり私の伯父さんだったりするし、まぁそのへんはね」

「完全に身内人事だ!」

「ご、誤解だよ!これでもヌーリエ様の加護の強さとか、試練とかを受けて色々内外に示さないと神官にはなれてもそれ以上は無理なんだからさ!……まぁ確かに身内が多いっていうのは否定できないけど」

 あ、否定はできないだねやっぱり。

「まぁこれから聖地に行くことになるから、イネはその時になればってことで……皆は、ごめん、私はちょっと説明できそうにない。でも身内人事っていうよりは実力者が揃っちゃってたっていうだけなのは確かだから、ね」

「いやまぁ別に疑ってはいないんですが……でもヴェルニアにもギルドはありますし教会が建ちましたから、連絡はいくらでも取れると思います。何か困ったことがあったらいつでも連絡してくださいね、リリアさん。イネとキュミラも、困ったら連絡するんだよ」

 いやぁヨシュアさん、なんだかすごく保護者っぽい。

「わかりましたよぉヨシュアお父さーん」

 とイネちゃんが茶化す感じに返したら、皆が吹き出した。

 当のヨシュアさんはちょっと困ったような表情だったけど、それが余計に皆が笑ってしまう要因になっていたのはここだけの秘密……にはならないよね、うん。

「ねぇ、いつになったら出発するんスか?半月である程度仲良くなれたとはいえ、皆さんに混ざるのはこう、ハードルが高いというッスか……入りにくいッス」

 遠巻きにイネちゃんたちの様子を見ていたキュミラさんがそんなことを!

 別に遠慮なんてする必要はないんだけれど、やっぱりこういう空気って他の人が入ってくるって難しいのかな。

 あぁでもお父さんたちみたいなチームを見ていると、キュミラさんみたいに入れないって人の気持ちが分かる気がする。

「まぁ確かにこういうのってグダり始めるとどこまでもグダっちゃうよね、スパッと出発しちゃったほうが案外良かったりするんだよねー」

 と一緒になってグダっていた気がするヒヒノさんがそういうと。

「ただ忘れ物がないか、準備はちゃんとできているかの確認は怠らないようにですよ。特に食糧に関しては本来は余剰で積むのが正しいのですが……今回ばかりは食糧については致し方ない事情もありましたが、せめて医薬品と一部武具を持って行ってください。武具に関しては次の街で売って路銀にするのもいいですしね」

 ココロさんはそう言いながら幌馬車に明らかに街の衛兵さんが身につけたりしている鎧や剣、槍をいくつか積み込んでいる。それ官給品だよね、売っぱらっちゃって大丈夫?怒られたりしない?

「一応調味料は持ったから、野草や動物を狩って食べ繋ぐのはできるから大丈夫だけど……イネさんは?」

 リリアさんたくましいな。

「イネちゃんのほうは当面の武器弾薬はもう準備済みだから、想定以上に戦闘が起きなければ大丈夫。お薬もリリアさんがいるけど治癒魔法無し前提で用意したからむしろ多いくらい……キュミラさんは?」

「私ッスか?元より身一つの風来旅だったんで、この街で増えた私物がひとつふたつ程度なんで大丈夫ッスよ。私が武器として使うのってそのへんの手頃な石くらいッスし」

 キュミラさんはもうちょい準備しよ?

 空腹でゴブリンの巣と気づかずに潜り込んじゃうくらいなんだから、ね?

「品目チェックは大丈夫、リストを見ながらチェックしておいたし、リリアさんにも確認してもらったから……イネもチェックお願い」

 キュミラさんにツッコミを入れるかどうかを悩んでいたら、ミミルさんが1枚の羊皮紙を手渡してくる。

 渡された羊皮紙に目を通すと、少しきたな……崩れた文字でイネちゃんたちが幌馬車に積み込んだ荷物が見やすくまとめられていた。

 実際文字が判読しにくい以外はとてもわかりやすいし、イネちゃんの弾薬は正式名称ではないものの、ちゃんと正確な種類と弾数が書かれていたのは驚いた。

 ハンドガンって文字がインドガソって見えるにはこの際目をつむっておこう。

「それじゃあ、まだ後ろ髪引かれてる気はするけども出発しようか」

「リリア、気をつけてくださいね、この2週間はあまりは平和でしたが、それは街の周辺くらいですので……野盗には気をつけるんですよ。それと他に……」

「はーいココロおねぇちゃんそこまで。まーたグダっちゃうからね」

「うっ、申し訳ない……ですが本当に気をつけてくださいね、あの溶解液の生命体……マッドスライムは未だに散発的に出現報告が上がっていますので。イネさんもお願いします」

「護衛依頼だからそこは、任せてください」

 そこをしくじるのは未熟どころのお話じゃないと思うし、まともに戦闘できる唯一の人員なのではっきりと答える。

「それじゃあ、聖地に向けて出発ッスよ!」

 あ、そこでキュミラさんが前面に出てきちゃうんだね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る