第58話 イネちゃんと再会
「ギルド間の通信で確認はとってあります、リリアさんは正規の手続きにおいて聖地巡礼を行っているということはギルド側でも保証いたします」
アルクお兄さんが衛兵のおじさんに書類を持って説明している。
結局キャリーさんの名代としてミルノちゃんまできちゃったもんだから、衛兵さん側の今後の立場が少し心配になる位に大事になってる気がするなぁ。
「ゴブリン災害が発生したと聞いて、心配したんですよ。イネさんの様子が変だったともヨシュアさんから聞いていましたしキャリー姉さまも心配していました」
ミルノちゃん、今は名代っていう公的な立場だから姉さまだね。
「ごめん、ゴブリンって聞いてつい」
「イネさんがゴブリンに対して並々ならぬ感情を抱いているだろうとは認識しておりましたが……1人で何とかできる相手では無いんですよ!」
「あ、うん。ごめんなさい……」
ササヤさん辺りなら割と1人でやっちゃいそうと思ったけど、今茶化す場面でも無いし素直に謝る。イネちゃんがササヤさんに連れて行ってもらう形で飛び出したことには変わりないしね。
「あの後大変だったんだからね、ヨシュア君たちが詰め寄って来てイネを助けに行くんだーって。でもヴェルニアの街を空にするわけにもいかないから、私が送る形ですぐに戻ったわけだけど……あの後ササヤ叔母ちゃんはどのくらい暴れたの?」
ヒヒノさんが説明していたと思ったらササヤさんの活躍について聞いてきた。
いやまぁあの町の戦力を把握した上での行動だったんだろうけどね、ゴブリン災害に勇者様が参戦できる距離に居た上、一回現地に入ったのに戦わなかったってことは強い信頼があるっていうのを感じる。まぁ本当のところは知らないけど。
「なんというか、ザクロ、ミンチ、パーツ分離とフルコースを見せられました」
「いつもどおり……じゃないなぁ、いつもならそのへん残らないレベルなのに。衰えたりしてるのか、手加減したのか……」
えー、あれで手加減って言われちゃうレベルなの?
「まぁ最近は後進の育成に力を~とか色々考えてたみたいだし、イネちゃんたちに任せて経験を積ませようと思ったのかもね」
「お父さんたちもそれっぽかったなぁ、そういえば。ただ……ゴブリンのほうがちょっと異常だったんだけど、ヒヒノさんのほうに心当たりとか、あったりしないかな」
「おかしかったって、どんな風に?」
「ゴブリンが組織的な行動してきたんだよ、詳しく説明すると長くなっちゃうんだけれど……」
と少し言い淀んだところでヒヒノさんが。
「そっか、ならギルドや教会のほうに報告書が上がるだろうし詳細はそっちで確認するよ。それにしてもゴブリンが組織的行動ねぇ」
えっとヒヒノさん、報告書で確認してくれるのはありがたいんだけど、なんで口角が上がっちゃっていますかね、こう舌なめずりって感じに。
「ともあれキャリーちゃんのところに行ったらいいんじゃないかな、あの子も結構心配してたし」
「それは、はい……そうします」
元よりキャリーさんに一言もかけずに飛び出しちゃったことを謝るっていう目的があったから、ヒヒノさんに言われるまでもなくだったんだけれど、今すぐ向かうっていうきっかけを作ってくれたんだね、これは。
「え、確認は済んでいますが手続きがまだでしてね?」
「お仕事熱心は関心するけど、そこまで厳密にすると復興の面で支障出ちゃうんじゃないかな。もしくは商人なら通すとかそんな感じになっちゃってまーた内部からとか起こりうるよね。少なくとも私とココロおねぇちゃんが居るあいだは責任を持つから、少し力抜いていいよー」
勇者権限って奴なんだろうか、衛兵のおじさんに対してヒヒノさんがそう言うと文句を言いたそうにしながらも黙って頷いて。
「……本当に責任はとってくださいよ?」
と言って通してくれた。
「権力って怖い……」
「力は力だからね、ようは使い道って奴だよ」
イネちゃんのつぶやきに、ヒヒノさんはとてもいい笑顔でそう言った。
というわけでイネちゃんたちはまっすぐキャリーさんの居る館に直行したわけだけど、2匹のヌーカベが門番のように門の脇に気持ちよさそうな顔で日向ぼっこをしていた。ヌーカベの特性を考えたら農業区画の再整備するのに最適だと思うのだけれど、なんでここで寝てるんだろう。
「あぁ、やっぱり母さんの連れてきたヌーカベはこんな感じだったか……」
どういうことだリリアさん!
「この子たち、人懐っこい子たちではあるんだけれどその分のんびりしててね……」
心を読んだわけじゃないだろうけど、リリアさんはそう言って乗ってきたヌーカベから降りて、寝ている2匹のヌーカベに駆け寄ってから。
「よーしよしよし、よーしよしよし……」
なんかどこかで見たことのあるようなあやし方でリリアさんがヌーカベを撫でると、ヌーカベは更に気持ちよさそうにヌゥ~と鳴いた。
その後リリアさんが一言二言ヌーカベに話しかけたと思ったらヌーカベがゆっくりと農地の方へと歩いて行った。
「……やはりタタラさんやリリアじゃないと難しいですね。懐いてはくれるもののなかなか言うことを聞いてくれなくて困っていたんですよ」
ヌーカベと完全に会話していたように見えたんだけど、そのレベルまで行かなきゃ無理っていうのはまともに運用できない気がするんだけど……。
「単純にタタラ叔父ちゃんのところに居た子は日常が快適すぎたってだけだと思うけどね、基本的に全部タタラ叔父ちゃんがやっちゃうからヌーカベは食っちゃねしてることが多いのもあるし。タタラ叔父ちゃんが土いじり好きだっていうのはヌーリエ教会の人間なら誰しもが知ってることだけど、ちょっと困りものだよねー」
「いやいやいや、土いじりが好きってだけでヌーカベの特性を考えたら流石に……できちゃうんです?」
イネちゃんがまさかと思いつつもそう口に出すと、隣に居たココロさんとヒヒノさんが首を縦に振る。
「世が世なら、タタラ叔父ちゃんも勇者認定されてたんじゃないかな。まぁ今の世の中でも最もヌーリエ様の寵愛を受けた人って扱いされてたりするけど」
そんな人がなんで辺境の開拓村で神官長してるんだろう……聞けば教えてくれそうだけど、色々理由がありそうだし踏み込んだことを本人が居ない場所でっていうのも失礼だからやめておこう。
「イネさん!」
ヌーカベを目で追っていたイネちゃんの名前を呼ぶ声が館から聞こえたと思ったとほぼ同時に、ドスンってくらいの勢いでキャリーさんが抱きついてきた。
「何も言わずに……本当に心配したんですからね!」
「ごめんね。……でもちょっともう1つ謝らないといけないかもだから、もう少し待ってね」
「……お話をしてくれるのなら、構いません」
とキャリーさんは真剣な表情。
正直、ヴェルニアの街に到着してからの街の様子を、館までの道のりだけしか見てはいないけれどもかなり明るくなっているのを見て、今のイネちゃんの気持ちはリリアさんの依頼を受けるほうにかなり傾いている。
イネちゃんどころかヨシュアさんたちすら留守にしている1日の間に、根本から雰囲気とかが変わったのは間違いなくキャリーさんの頑張りだし、今後のあれこれに関してはリリアさんが土台を作るってお話ではあるけど、それ以降はキャリーさん主導でギルドとヌーリエ教会のリリアさんの代わりの人がお手伝いする形で復興事業を行うことになるんだと思う。
となるとイネちゃんの力はそこに必要なのかなと考えると、ムツキお父さんのようなインフラ整備の技術も無ければ、コーイチお父さんのような知識の教授もできない。
最も必要とされていて、尚且つイネちゃん自身が成長できそうなのは間違いなくリリアさんの聖地までの護衛依頼なんだよね。
「ヴェルニアの街がある程度復興したら、リリアさんの聖地巡礼についていく……かも」
「……お話を聞きましょう、とりあえず立ち話もなんですので館の中で」
真剣な表情のキャリーさんに促されて、イネちゃんは首を縦に振ることしかできなかった。
別にそういうことはないのだけれども、色々キャリーさんに悪いことしちゃった感がすごくてなんとも言えない気持ちになっているから、素直に全部話しちゃおう。元々イネちゃんがしっかりお話していなかったのが悪いんだから、それで解決できるなら簡単だもんね。
その後キャリーさんの執務室……ではなく自室に通されたイネちゃんは、なぜか2人きりでキャリーさんとお話をすることになった。
ひとしきり開拓村に戻ってからの出来事を話すと、キャリーさんは静かに頷いて。
「つまりイネさんは、自身のトラウマを解消することができず、その上未熟さを痛感しただけだった。ということでしょうか」
「いくつか得たものもあるけど、概ね……そう、かな」
少し意識するとイーアと会話できるようになったとか、追いつきたい目標が改めて定まったとかはあるけど、確かにキャリーさんの言うとおりにゴブリンに対しての感情を処理することができなかったわけで、しかもイネちゃんの未熟さ故に色々とできなかったからこそ更にズシンとその事実を実感しちゃったんだよね。
「そんなイネさんを見て、ササヤさんが指名の護衛依頼を出されたと……」
「うん、意図の全てはわからないけど」
キャリーさんはここで少し考えて。
「わかりました……リリアさんの護衛依頼に関してはイネさんが決めるべきだと思いますし、私はどのような選択を取られたとしても応援いたします。但し!」
急に大きな声を出されたのでイネちゃんはビクッとしたけど、キャリーさんは構わず続ける。
「私とイネさんは友人……というと少し硬いですね。今は領主になってしまいましたが、私はイネさんとお友達でありたいと思っています。ですのでイネさん、ギルド経由で構いませんのでお手紙をくださいね」
「それだと護衛依頼を受ける前提みたいだけど……うん、キャリーさんありがとう。私もキャリーさんはお友達だと思ってるし、そうありたいと思う。だから……今後はできるだけ心配させないように頑張るね」
お互い笑顔で笑いあった後、めちゃくちゃお手伝いをした。
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