第60話 イネちゃんと街道を往く
「暇ッスねー」
「いや、暇なほうがありがたいからね?」
ヴェルニアを出発してから4日後、イネちゃんたちはトーカ領に戻ってから北へと向かっていた。
なんでトーカ領に戻ったのかっていうと。
『オーサ領の反教会……と言ってもできるだけ頼らないっていうのを主張している精力だけど、その人たちを刺激しないためにもヴェルニア周辺以外はあまり動き回らないほうがいいと思う』
っていうことらしい。
結局のところ政治的なアレコレで、それなりの遠回りを余儀なくされたわけではあるものの、結果的にはより治安の良い場所の、定期的に兵士や冒険者による巡回が行われている街道を使えるのは護衛役としてはとても助かる。
それにトーカ領ってことで、各所の町によって食糧を確保、補給することが出来たのが一番大きかったかな、おかげで聖地までの行程を結構自由に決められたのだから、悪運とかそういう単語がピッタリなのかもと思わなくはない。
「だけどこのあたりは町や村々との距離が離れ気味の上に、馬車を引いている以上はヌーカベを全力で走らせることができないというのは少し怖いかな。一応ユウ速5クロリールよりは速く動かしてるけれど、相手が馬だったらまず振り切れないし」
ちなみにこのユウ速とクロリールっていうのは時速とキロメートルに相当する単語で、なぜか24時間60分60秒な時間の流れと、メートル法なんだよね。
正直ヤード・ポンド法じゃなくてよかったって感じではある。あれはグラム・メートル法に慣れていると混乱の元でしかないからね。
「一応冒険者2人に神官1人っていう形だけれど、全員女の子だからねぇ」
野盗に負ける気はないし、最悪荷物を放棄してヌーカベで逃げる算段ではあるからよっぽどのことにはならないだろうけれど、それでも絶対じゃないので何も起きないことに越したことはない。
だからこそ、警戒に警戒を重ねてしすぎではないんだけれど。
「教会を頼れば食うに困るってことがない分、金銭とか奴隷確保が中心だから……実際のところなんでそんなことしちゃうのかは理解できないよ」
まぁ、リリアさんは持てるもののほうだからこその言葉だよね。
「そのへんはまぁ、生まれとそれまでの境遇、教育で変わっちゃうから。イネちゃんだって状況が違えば野盗側の可能性否定できなかったわけだし」
まぁ野盗とか奴隷商人がゴブリンの巣を攻略するような危険を冒すのかっていう問題はあるけれど、状況的には否定できないからね、たらればの話になっちゃうけど。
「そっか……私はずっとヌーリエ教会の内側だったからその辺りに疎いんだよね。もちろん孤児の子たちの世話とかもしてたから、いろんな事情があるっていうのは知識としては持ってたけどさ」
「いやまぁあくまでたらればだからねぇ、生まれや境遇が悲惨だったからって他のなんの落ち度もない人を同じ目に合わせていいなんて理由はないし、それを許しちゃったら人間社会なんて簡単に破綻しちゃうでしょ」
リリアさんの声色が少し暗めになっていたので、イネちゃんは幌馬車の後ろの流れる景色を見ながら、そう返した。
「……聖地巡礼の旅って、世の中のそういうところを見て回れっていうのが本来の趣旨なのかな。だったらこのままトーカ領の中を通って行くっていうのは……」
「いや、別にいいと思うよ。どんな組織にだって問題はあるし、末端まで目が届くわけじゃないから、どんなに安定しているように見える場所でもしわ寄せを受けている人っていると思うし、巨悪を暴いたりとかよりは目の前の人を助けなさいってほうが強いんじゃないかな」
そも聖地巡礼する人の数だけ巨悪がある世界のほうが嫌だし、こっちのほうが本題だよね、多分。
「もしかしたら、その辺りのことも自分で考えろってことなのかもね」
「うん、それでいいと思う。ところでキュミラさんは……」
「え、あぁうん見てるッスよ、見てるッス。幌馬車周りには獣1匹確認できないッスよー」
すっごく口をもごもごさせながら、微妙に間延びした言葉が返ってきた。
「えっとキュミラさんや」
「なんッスかイネさんや」
「そこの箱には当面の食糧が入っていたと思うんですが、もしかして全部食べちゃったとかありえませんよね?」
ここで少し間が空いてから。
「いやそんなこと、ないッスよ?」
「よしイネさん確認よろしく」
今の流れでリリアさんからそんな指示が飛んできたので、イネちゃんは無言で詰め寄り木箱の中を覗くと……。
「よし、今晩はキュミラさんの丸焼きだね!」
「出来心だったんッス!それだけは!それだけはぁぁぁ」
冗談はさておいて数日分の食糧がなくなってしまったのは割と深刻な問題である。
「リリアさん、近くの町……村でもいいけどどのくらいかかるかな」
「どうだろう、村……ならあるかもしれないけど、町の場合数日かかると思う」
多分ヌーカベを走らせれば楽なんだけど、それはそれで幌馬車のほうを捨てなきゃいけなくなるから、リリアさんは最初から選択肢に入れてないっぽい。
それにしても地理関係を把握しきれていないっぽいなぁ、測量とかの技術はしっかりしているけど、居住区の把握が行政に当たる組織の上層部や専門担当者しかできていない感じ。
「くっ!自分のやらかしは自分で拭うッス!ちょっくら上空からここら一帯を確認してくるッス!」
「え、それってまたお腹が減ることになるんじゃ……?」
と止める言葉をかけたとほぼ同時に、キュミラさんは馬車から飛び出していた。
「ま、まぁまだ空を飛ぶこと自体が空腹の原因とは限らないからさ、ともかく食糧の調達をどうするかだけど……野草を集めるならそろそろ街道から少し離れて森の辺りでキャンプしなきゃいけないし、このままヌーカベを歩かせながらキュミラさんが戻ってくるのを待とう」
「……選択肢はそれ以外ない感じかな、現地調達にしろ人里に寄るにしろ」
流石にキュミラさんが戻ってくるまでは今後の方針を決める程度しかできないし、進みつつ待機以外に選択肢がない。早く戻って来ないかなぁ。
とイネちゃんが思ったとほぼ同時にキュミラさんがすごい勢いで入ってきた。
「大変大変!なんていうか……大変!」
「はい、まずは落ち着こうねー」
と水を渡しつつリリアさんとアイコンタクトをしてから、イネちゃんは幌馬車の後ろから顔をだしてM25のスコープを、銃につけず単独で覗く。
「前は特に異常はない……と思う」
リリアさんの言葉を聞きつつ、イネちゃんは後方を広く見ていると何やら土煙が少し見えた。
「後方に土煙、煙しか見えないけど早馬にしては不自然」
「ぷはっ!後ろどころじゃないッス、多方面から同時に迫ってきていたッス!」
「リリアさんは探知お願い、キュミラさんはリリアさんの護衛。私はとりあえず後ろを警戒しつつ動けるようにしておく」
敵かどうかわからないからこれ以上の対応はできないんだよねー。
リリアさんはその辺り理解してくれたのか、目を赤くして魔法を使いだしたけどキュミラさんは……。
「イネさんが一番楽じゃないッスか!」
うん、わかってない。
「迫ってきているのが敵対意思を持っているのかわからなくって、尚且つ多方面からでしょう?となるとリリアさんの護衛を受けた冒険者ができることは少ないんだよ」
防衛するにしても逃げるにしても対応できることは限られる。ヌーカベの頑強さについてはリリアさんの表情から信じるしかないけど、攻撃能力を持ってるイネちゃんはいつでも攻撃できる体制をとりつつ、探知ができるリリアさんの指示で動くのが一番効率がいいしカバーできる範囲も広くなる。
まぁこれは
「これはどう対処しても私の警護が弱まるから、いっそのこと攻撃的な陣形を取った。でいいんだよね、イネさん」
リリアさんは超速の理解ありがとう。
「私の武器は魔法とは違ってすぐに撃てるから、とりあえず相手を確認してから次の判断をするよ、四方の集団が全員同じ団体さんとは限らないからね」
もしかしたら早馬の集団って可能性は否定できないしね。
「わ、私はどうしたらいいッスか……?」
「いや、だからリリアさんを守ってね?」
うわぁすっごいあわあわしてる。
冒険者になってから始めての戦闘かもしれないし、そのへんはある程度仕方ないのかもしれないけど、これはイネちゃん大変だぞぉ。
というやり取りをしている最中にも、後ろから迫ってきている集団の先頭が確認できるまで近づいてきていた。
「割と早いなぁ……やっぱり馬だったり?」
と肉眼とスコープで交互に確認すると、先頭を走っている人の姿がスコープで表情まで確認できるけどなんだろう、完全にいかにもな風貌しているんだけど……今日日モヒカン肩パットとか流行らないとイネちゃん思うなぁ。もしかしたら一周どころじゃなく何周かして流行するかもしれないけど。
「イネさん!前の方からモヒカンの集団が槍を構えてる!」
えー、モヒカンサンドイッチ?
モヒカン流行っちゃってるの?
「リリアさん、公的な機関にモヒカンの武装集団とかっているの?」
「わ、私が知る限りでは……あ」
え、何その『あ』。
「確か南方にそれっぽい集団がいたとか聞いたことがあるようなないような……」
「うん?南方?」
なんで南の武装集団が、北上しているイネちゃんたちを待ち構えるようにしてトーカ領にいるのかな。
「無法者の集まりで、特別後ろ盾もなかった組織だったって聞いた記憶があるんだけど……明らかに装備が……」
ともかく野盗。でくくっちゃっていいのかな。
結構な集団相手にイネちゃんだけでどこまでやれるか、ちょっと想定しにくいところだけれど相手の動き次第では効率よくヤらないといけないかな。
この後、事態が予想外の展開に流れるのは、このときのイネちゃんたちはまだ知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます