第57話 イネちゃん出発

「なんだそういうことか。確かにそれは他の俺たちの世界の人間には聴かせられねぇわな」

 ルースお父さんがお父さんたちを代表して納得する言葉を発する。

「ということはイネは今、狙撃可能武器が無いということか」

「まぁ、うん。XM25のほうはデータ回収でお父さんたちに返しちゃったしね、あれは狙撃じゃないけど」

「エアバーストじゃなきゃダネルとあまり変わらない感覚で使えるんだが、それならダネルでいいからな……だったらこれを持っていくか?」

「いやリリアさんの護衛依頼を受ける場合は3人で弾の持ち運びが問題だし、受けない場合はミミルさんの魔法とかで事足りちゃうから、グレランさんは別にいいかな」

 まぁリリアさんの護衛を受ける場合は安全にできる遠距離範囲攻撃がなくなるってことでもあるけど、それならそれでできない前提で動けるから問題になりそうにないし。

「ヌーカベの耐荷重は結構なものとは聞いているが……食糧や野営荷物が重いか。弾も量次第では馬鹿にならない荷物になるし、イネの場合はP90とファイブセブンの弾を数百発持ち歩くから余計にか……」

「いくらイネの外套に軽量化魔法が付与されているとは言え、重量が0になるわけではないからな、アレってどの程度軽量されるんだったか、コーイチ覚えてるか?」

「10分の1だよルース、ボブが凄んでトーカ領首都で最高の付与をしてもらったから、少なくとも俺たちの知る限り最大の軽量化だから覚えやすかったぞ」

 えー軽量云々は知っていたけど、倍率とか、トーカ領の首都で最高とかそのへんは流石に知らなかったんですけど。

 というか10分の1か……これ、マント本体の重量も含めて10分の1なんだろうね、銃本体をマウントするとかなり軽くなって、移動が阻害されること無いレベルだったし、かなり高額だったんじゃないかなぁ……。

「まぁなんだ。ここぞで使う分を持っておく分には問題ないだろ。というわけで俺たちからの選別としてやっぱりイネに渡そうじゃないか」

 とボブお父さんがダネルさんをずいっと渡してきた。

 24発か30発あれば確かにグレネードとしては十二分だし、切り札と考えれば少なくもないからいいんだけど……、いざとなったらトラップとしても使えるしね、グレネードの弾は。

「じゃ、じゃあもらっておく。でもあまり使わないと思うけどなぁ」

 3人旅でグレネードランチャーを使う事態になったら、その時点で割と詰んでる気がするし。

「それじゃあ僕はイネから預かっている銃を持ってきます」

「おう、行ってこい小僧」

 ヨシュアさんはインベントリから取り出さないといけないからね、流石にあれに関しては隠したほうがいいし、仕方ないね。

 ともあれこの後、特別なことは何もなくヴェルニアの街に向かう準備が整うと、ヨシュアさんたちとイネちゃん、それにリリアさんとキュミラさんがヌーカベに乗って、大人たちが見送りにギルドの前に集まり、つつがなく出発したのだった。

「なんだか流れ流されって感じの勢いだったなぁ……」

「準備が終わったら完全に勢いのままって感じだったね……」

 ヌーカベの上でイネちゃんの独り言にヨシュアさんが相槌をうつ。

 お父さんたちはまた男泣きしてたなぁ、まぁ気にせずに今後の弾の補給手段についての確認はしっかりしておいたけど。

「それじゃあとりあえずヴェルニアの街には明日到着くらいでいいんだよね」

「明日って、そんなに早くいけるのかい?」

 リリアさんの確認にヨシュアさんが確認を入れる。

 実のところ、早馬とかなら半日程度の距離らしいんだけれど、荷馬車や商隊とかになると実質徒歩みたいな速度になるし、ヴェルニア付近は湿地帯だから3日くらいかかっちゃうのが普通なんだよね。

 ヌーカベの速度はどのくらいかわからないけど、結構な荷物を持った上に人が6人も乗っている状態だと速度の出る馬車でもお馬さんが潰れる上に丸1日くらいかかるんじゃあいかなぁ。

「余裕ですよ、まぁその場合ヌーカベの通った道がもれなく耕されちゃうので普段そこまで走らせたりはしないんですが、普通に歩かせると牛車くらいの速度なので今回は父さんと母さんが責任を取ると言ってくれましたので、走らせます」

 走った後が耕されるってなにそのトラクター。

「地底5リールくらいの鉱物資源までも肥沃な大地に変貌するので、ヌーリエ教会でも流石に規制の対象なんですけどね」

 やだトラクター以上だわ。

「それは……確かに色々と困りますね」

「ですので今日は領土境界付近で野営をしてから、オーカ領のヴェルニアまで走らせようと思います。ケイティさんの話ではあちらのギルド長であるアルクさんから、シード様からいっそのことヴェルニア周辺の沼地のいくつかを農地にできるようにしてもいいとか言われたらしいですし、なんとかなると思いますので」

 沼地のいくつかを農地に変換したら、それはそれで生態系がやばそう。

「最も、沼地に住む生物のためにも今後整備が楽になる街道と、沼に関しても1つ程度に抑えるというのが教会の方針ですけどね」

 ヌーリエ教会はその辺りしっかりしてるんだなぁ、中世くらいの文明基準で生態系云々とかできるのはかなり凄いと思うんだ、あっちの世界なんてまともにできてない国のほうが多いから、むしろそういう意味ではこっちの世界のほうが上かなぁ。

 なんて考えている間に領土の境に到着した……と言っても特に何もないのだけれど。元々貴族であるトーカさんとオーサさんの仲はいろんな王侯貴族の中でもかなり良好らしいから、特別監視する必要も無いってことらしい。これはこっちの世界に戻ってくる前にちゃんと調べておいたから正しい、はず。

 しかしイネちゃんがこっちの世界で活動を始めてから1週間くらいなのに、こう立て続けに色々なことがあって、関わって……すごく短い間なのに知らないことや、イネちゃん自身が未熟であることを思い知らされたなぁ。

 このままヨシュアさんたちと一緒にいたとしても、いろんなことを経験して、色々思い知らされながらもこのイーアの生まれた世界を知ることはできるとは思う。でも、やっぱり……リリアさんについていったほうがより多くを知れるのかなとも思っているんだよね、聖地ってイーアがゴブリンに襲われる前にも行ったことはなかったし、元々ヨシュアさんたちに出会っていなかったら1人で世界を回っていただろうと思うととても悩ましい。

 まぁ単に今の人間関係を大切にするか、本来の世界を見て回るって目的を優先するかってことで、ヨシュアさんたちなら後者を選んでも人間関係が壊れたりしないだろうけども。

「イネ、どうしたの?」

 と考え事をしていたらミミルさんに声をかけられた。しかも結構心配するような顔をして。

「あぁうんちょっと考え事」

「リリアさんの護衛のこと?」

 まぁ、今だとそれがメインだって誰でもわかっちゃうよね。

「うんまぁそれが中心だけれど、今回のゴブリンの件といい、キャリーさんの館の倉庫の件といい、イネちゃんは詰めが甘い半人前だなってことを思い知らされちゃったから、今後どうするかって感じ」

「そんな、イネは私よりも色々できて凄いのに……」

 そういえばミミルさんってどっちの事件でもお留守番っぽいポジションだったんだっけ。

「でも、私がそう思っていてもイネの中では納得できていないのよね……ともかく、私はイネの選択を応援するから!……私何言ってるんだろう」

「ははは、イネちゃんもまだ悩んでいることだから仕方ない仕方ない。考えがまとまらない時って、変な感じの言葉遣いになるもんね」

 その後はただの雑談で野営もつつがなく終わったし割愛。本当何でもないような雑談ってどう説明すればいいんだろうね、美味しいものを食べたときなんて『ん~』の大合唱が凄いし。

 あ、リリアさんのご飯はやっぱり美味しかったです。まる。

 翌日、やはり何事もなく一夜を開けたイネちゃんたちは、野営の後片付けをしてヌーカベに乗るとリリアさんが改めて注意を口にする。

「えっと、昨日言ったけど改めて。ヌーカベは結構な速度で走るから、振り落とされないように気をつけて。不安なら荷物を固定している器具に体をしっかり固定することができる……んだけど固定できる人数は限られるから早い者勝ちでお願い。ごめんね」

「……とりあえず体力の落ちているウルシィが使うってことでいいと思うけど、皆はどうかな」

「イネちゃんはそれでいいけど、ミミルさんとキュミラさんは?」

 ヨシュアさんの言い方だと、自分は使わないって感じだったし、イネちゃんのほうはササヤさんより速くなければ、まぁなんとかなるかなって。

「私も……いいかな、イネのお父さんたちの後ろに居ただけで疲れてもいなかったし……」

 うわ、なんだかミミルさんが卑屈になってる。

「あ、じゃあ私いいッスか?腕翼わんよくだと踏ん張りが効かないんッスよ」

 あ、それ腕翼って言うんだ……ハルピー以外にも似たような感じの種族っているんだっけか、前もってお父さんたちに教えてもらったのだとその辺はやらなかったからなぁ。

「それじゃあ、走らせるよ。しっかりと掴まって」

 リリアさんの言葉が言い終わるかどうかというタイミングで、一瞬体を後方に引っ張られる感覚に陥って、同時に空気が破裂するような音が聞こえた。

 え、何今のって音速の壁とか?いやいやまさか……。

「もうすぐ着くよ、止まるときも衝撃が来るから備えて」

 ははは、出発してからまだ10秒程度なのにその冗談受ける。

 と心の中でツッコミを入れた時、今度は体を前に飛ばされる感覚に襲われて落ちかけた。急発進と急停車は体に悪いよ!

「スタァァァァップ!」

 あ、この声は聞き覚えがある。

「……ヌーリエ教会の神獣であるのは一目でわかるが、仕事なので検問にご協力を」

「あ、私は開拓村の神官長タタラの娘でリリアって言います。神官ではありますがこの度聖地巡礼の旅を始めたので、まずはヴェルニアの街における農地造成の初期作業のお手伝いに訪れました」

「それにしてはやけに急いでいたようだが……勇者様主導による開拓指示も出ているからそれほど急がれる必要は無いとこちらは認識しているが、その件については何かありますかな?」

「姉ちゃん……いや勇者様たちはヌーカベの世話があまり得意ではないので、そちらの対応と土壌改良の新手法の伝承を行います」

 ココロさんたち、ヌーカベのお世話はあまり得意じゃないんだ。てっきりヌーリエ教会の人なら大抵のことができるものだと勝手に思ってた。

 いやまぁ普通、大きな組織程専門部署で分かれるものなんだけど、こうタタラさんとササヤさんが万能すぎて、それが一般的なのかと錯覚しただけだと思うんだけどさ。

「ともあれ今ヴェルニアの館とギルドに確認を取るから、それまで待機していてくれないか」

 あぁこれ面倒になるパターンだ。ということでとりあえずスムーズに行きそうな行動を取るのも冒険者としての役目かな。

「お久しぶり……って程でもないけどおじさん、領主が変わってもお仕事変わらなかったんだね」

 ヨシュアさんも動こうとしてたけど、タッチの差でイネちゃんの方が早かった。あの時ゴタゴタしてた分、おじさんへの印象はイネちゃんのほうが強いと思うからこれでいいのだ。

「……なんだ、冒険者の嬢ちゃんか。今度はちゃんと持ってるんだよな?」

「うん、あの時と同じ場所にしまってあるから大丈夫。ほら」

 とイネちゃんが見せると同時にヨシュアさんたちも一緒に見せるとおじさんが。

「とりあえずあんたらの身分照会は前回行ってるし、大丈夫だが……まぁ決まりなんだ、すまんな」

 あ、ダメなんだ……。

 この融通が効かないところはお役所って感じはするけど、変になぁなぁで雑な感じよりは信頼できるし、安心できるけどさ。

「リーリーアー!」

 ぽふん。って音がしそうな感じにココロさんがリリアさんに抱きついた。

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