六章一話

かつて、森には『鬼』が住んでいた。人食い鬼でも吸血鬼でもないが、人をさらい、『青銅の門』や魔法の道具を持たずして、妖術を使いこなす異形の存在。人は、森に住む彼らを畏れ、尊び、付かず離れずを保ちながら共存していた。今日では彼らの血は人間と混ざり、神徒との見分けはつかない。民話に伝わる、鬼という言葉は、彼らを指す言葉であろう。

と、ここまでは歴史の教科書の要約。

山に暮らす、角の生えた孤独な人間。彼は超能力を持ち、山で暮らすことに不自由はなかった。だがしかし、孤独だけは癒すことができなかった。故に人里に降り、一人の少女に恋をして、立ちはだかる苦難を乗り越えていったが、ついぞ彼らは結ばれることなく絶望という海へと沈んでいってしまった。それでもなお、彼らの一途で清らかな心は、鬼の住んだ森に豊穣をもたらし続けている。やがて救われる日が来るのだと、信じ続けて。

そしてこちらが、文学愛好会の遠征のきっかけとなった、悲恋の物語。

実情は、この二つのどちらも間違いであった。

この森に住んでいた『鬼』は何も持たない普通の人間に過ぎなかった。ただ、家が森に一番近いというだけの、猟師の一人だ。他に猟師がおらず、「奴一人だけ稼いでいる」と顰蹙を買い、唯一の理解者であった村の女薬師は早世した。悲しみに打ちひしがれる彼を、「森の意志」――森に生きる生命たちが織り成す、――が男にとり憑いた。その結果として作られたものが、近づいた者を捕らえて離さない、無数の和室で形作られた亜空間である。脱出方法は亜空間の外から破壊するしかない。

そんなことなど知る由もなく、侑里、萌子、桃の三人は途方にくれていた。

「桃ちゃん、どう?ちょっとは元気になった?」

侑里の問いかけに、桃は笑って答える。

「はい。能力はまだ使えませんけど、飛んだり跳ねたりはできます」

萌子が軽く桃をにらみつける。

「侑里は『第三の手』を使えるようになってるのに、あなたは能力を使えないってどういうこと?同じ神徒なんだから、そこまで違わないはずじゃないかしら?」

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