第56話
「キリ君がね、“どうしたら俺も世界を愛せるんだろ”って呟いてたの」
私はシンタロウのお店でお茶を飲みながらそう兄に話した。
兄は鯛焼きをくわえながら
「キリ君は悩みの多い子だね~」
と言った。すると急須を机の真ん中に置きながらシンタロウさんが
「おめぇさんが落胆的すぎんだよ」
と言った。兄は少し怪訝そうに笑いながら
「これでも毎日色々悩んでいるんですよ」
と言った。
「それでも、僕はケイトがいれば幸せですから」
兄は続けてそう言うと眩しい程の笑顔で笑った。
シンタロウさんは眉間に皺を寄せると
「俺はお前のそう言う所が嫌いだ」
と言って厨房に戻ろうとした。
でも兄が
「僕はシンタロウさんの事好きですよ」
と言った為に足を止めた。
兄は湯呑みを両手で持ってゆっくりと飲みながら
「だって、シンタロウさん程真っ直ぐで正直な人も少ないですからね。例え、ワサビ餡なんて物を開発して第一号で僕に食べさせたとしても、何かあった時に安心してケイトを預けられるとしたらシンタロウさんくらいですよ」
と言った。
そう言われてシンタロウさんは顔が赤くしながら
「頭に熱湯かけんぞ!」
と言って去っていった。私は少し溜息を吐きながら二人を見守った。
兄は鯛焼きを一口頬張ると嬉しそうに笑いながら
「そう言えば、キリ君の話だけど僕はやっぱり何かを好きになることから始めるのが良いと思うな…」
と言い、続けて
「やっぱりね、世界を愛する為には自分が幸せじゃなきゃね」
と言った。
私は兄の顔を見ながら
「お兄ちゃんは毎日幸せそうだもんね」
と言った。兄は照れる様子もなく
「ケイトがいるからね」
と言って笑った。
・・・・
厨房で僕は兄さんが生地を作るのを見ながら
「二人はいつも幸せそうだね」
と声を掛けた。
兄は苛立つように生地を混ぜながら
「だからガキなんだよ」
と言った。
「幸せな人には見えない物が多いもんね」
僕がそう言うと兄さんは手を止めて少し遠くを見ながら
「多分、ケイトの友達は“どうしたら世界を愛せるか”じゃなくて“どうしたら世界に愛されるのか”って聞きたかったんだろうな…」
と呟いた。
僕は兄さんの隣に行くとピッタリと体をくっつけて
「兄さんはもう一人じゃないからね」
と言った。兄さんは僕の顔をジッと見ると頭にチョップを喰らわせて来た。素直じゃないと思いながら僕は厨房をあとにした…
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