第18話

「じゃあ、ちょっと出掛けてくる」

キリ君はとても月が綺麗な晩に長いコートとマフラーを纏って電柱の上に立ってそう言った。

手には先っぽにランタンが付いた身長よりもう少し高い木のロッドを持っている。

「気を付けてね」

私がそう言うとキリ君はコクンと頷いた。

「早くしないと風に乗り遅れるよ」

私の後ろに立っている兄にそう言われてキリ君はグッと踏み込んで高く飛び上がった。そしてそのまま風の気流をつかんだようでふわりふわりと遠ざかって行った。


「キリ君は凄いな~」

兄にお茶を渡されながら私がそう呟くと兄はまじまじと私の顔を見た。

「お兄ちゃんも空飛べるの?」

私がそう尋ねると兄は誤魔化すように笑って

「必要があれば」

と答えた。

私達はそのままベランダに置いてある椅子に腰掛けて月を眺めた。

月の近くではキラリと星が一つ輝いた。

「あれはキリ君のランタンだね。あの調子なら朝には戻りそうだ」

兄はそう言いながらグイッとお茶を飲んだ。

私はお茶を飲むことも忘れて彼のランタンの灯りを追った。

「ケイトも空飛びたい?」

突然耳元でそう呟かれて私は手元のカップを落としかけた。

「ケイトだって飛べるんだよ?」

兄はそう言うと私の手元カップを支えた。

私が兄の顔をジッとみつめると兄は子供のような笑顔で笑った。

「私も飛べるの?」

私は真剣な顔で兄を見つめながらいった。

その瞬間私達の間をスッと風が吹いた。風は兄の髪を乱した。

前髪がパサリと落ちて目元が隠れてしまった兄は知らない人のようだった。

「飛べるよ誰でも。それが常識だと気が付けば」

その言い方はまるで呪文を唱えるようだった。

「世界なんて見方を少し変えるだけ。それを信じるだけで変えられる」

そう言うとその口はニッと笑った。そして兄は数センチでくっついてしまいそうなところまで顔を寄せてこういった。

「でもね、変わりたいと願うだけじゃ駄目なんだ。願いに力はない。君は変わるための一歩を何回踏み出せるかな?ケイト」

そう言われたとたん私の中に強い風が吹いた気がした。

「私は…」

勝手にそう言葉がこぼれた。

「まあ、焦ることはないよ。世界は刻一刻と変わっているんだから」

そう言って私の頭に手を置いたのはいつもどおりの笑顔の兄だった。

その兄の手にはなんだか沢山の思いがこもっていた。これが魔術師の手なんだと私はその手に自分の手を沿わした。

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