第3話 聖なる御技



 日暮れ前に伝令役の男が帰って来たようだった。


 猟師は捕まえてきたウサギを、のんきにさばいている。連中は、川から少し離れた、小高い木陰を野営場所に決めたようだ。


 罠は、引っかかると大きな音が出るようなものがほとんどだったが、獣道の中には強烈な鉄罠もまじっているのを見かけた。

 まだ、完全には道は封鎖されてなく、気配を消してユニはポチの背に乗ったまま風下からにじりよることにした。


 ノコは、ユニの視線の合図を受けて木立の中に消えていった。


 徴持ちは、やはり火と水の技法持ちで飲料水を作り出したり、焚き火をおこしたりしている。聖堂騎士の由来である、青い部分鎧を肩と胸に装備し、マントを羽織っている。


 技法の扱いは、ユニから見れば未熟で、技法を使うたびに手を空中にかざし、皮膚に刻まれた徴を発光させている。

 技法による発光は、服の上からでも確認できるので、魔女であることを隠すため、子供が最初に習うのが徴の発光を隠蔽することだった。


 火の徴持ちは右肩、水は左膝に徴がある。


 火の方が若い男で、水の方は年かさでこの場の指揮官のようだった。


 呼吸を整え、整えならがら意識を冷やし凍らせ、煮える殺意を心の奥底に沈めていく。

 すると、手足は氷のように冷えきり、胸の奥でわだかまった熱は、目の奥できらめく鮮紅となってユニの“魔女の技法”を発動させる。


 武器は、母が助けられない患者を殺すために使っていた、“慈悲ドゥーパ”と名付けた釘のような道具だけだ。


 釘にしては大きなそれを、ユニは自分なりに加工して、握りに皮を巻き、小さなつばもつけた。

 根本にはカミソリが仕込んであり、強く握り込めば出血する。流れ出たユニの血は、表面に彫られた溝を伝って、釘全体に行き渡るのだった。


 不思議なことにユニの血で傷つけられた徴は、力を失い自壊する。自壊した徴は、“大いなるもの”の元へと還ることができた。


 日が暮れた。


 薪拾いから帰ってきた伝令役の男が、糸が切れたように地面に倒れる。大きな音を立てて薪が散乱し、足元をノコの小さな影が駆け抜けた。


 間髪入れずポチが野営中央の焚き火を蹴散らし、猟師に襲いかかった。有無を言わさず右足で薙払い、猟師の左胸が陥没しながら体ごと吹き飛んでいった。それを追いかけ、頭部や首筋に何度も咬みついている。


 次いで荷物持ちを担当していた大男が、ノコの爪を受け、静かに倒れるとポチもいつの間にか森の奥へと消えた。


「な、なんだ? なにが」


 火の徴持ちが呆然とつぶやいた。騒然とした気配は一瞬だけで、気が付けば周囲には物音一つしない静寂になっている。


 焚き火が消え、宵闇迫る木立の中、落ち葉を踏みしめながらユニは歩き出した。


 右手に握った慈悲からは血が滴り、うつむいた顔は無表情だった。

 魔女の技法の発動を受けて、瞳孔は赤く染まり、今まで見えなかったものが見え、聞こえなかったものが聞こえる。

 体に流れ込む力と渦巻く魔力を得て、理性が破壊の衝動に覆い尽くされていく。


「な、なんだ、おまえ!」


「いいから、火をつけろ」


 慌てる火の徴持ちの前に、水の徴持ちが出た。


「止まれ。近づくな」 


 水の徴持ちが手を掲げ、水の弾丸を空中にいくつも作り出した。


「サロは、相手の体内の水に直接干渉できたわよ」


 とぼとぼと歩いて接近しながら、口の中だけでぼそりと呟いた。その技法でもって、母と供に多くの患者を救っていたものだ。


「早く、火をつけろっ」


 水の徴持ちが、火の徴持ちに命令した。遅い。声に出さずに言った。歩幅にして十歩。それは、すでにユニの間合いだ。


 水の弾丸が放たれる気配を察して、ユニは跳躍した。木の枝をつかみ、くるりと体を回転させながら、猿のように枝に飛び乗った。


 瞬く間に枝から枝に飛び渡り、火の徴持ち目がけて落下。右肩の徴に“慈悲”を突き立てた。落下の勢いに合わせ、えぐりながら引き抜く。引き抜きながら頭を蹴り飛ばし、その反動でユニは立ち上がった。


 火の“元”徴持ちは、気を失い昏倒している。

 ユニの血によって、破壊された徴は力を失い、発動しかけていた火の“魔女の技法”が霧散して消えていった。


「聖なる御技が!?」


 聖堂騎士は、魔女から奪った魔女の技法のことを“聖なる御技”と呼んでいる。徴は“聖痕”である。


「闇に赤く光る目、聖痕の破壊、獣を操る技。お前が、魔女狩り狩りのユニか!?」


 聞けば誰かが答えてくれる。そういう場所にいた人間なのだろうと、ぼんやりと頭の片隅でユニは思った。


 立ち止まったまま、水の徴持ちを見つめた。刻一刻と日は暮れ、焚き火の消えた森は墨を流し込むかのように、夜に覆われていく。


 人間にとって闇は敵であっても、獣にとっては味方だ。それは、獣の力を宿したユニにとっても。

 

 

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