第2話 魔女の徴


 翌日。


「なんじゃこりゃ」


 ユニの小さな友人である、子狐のノコが偵察から帰ってきて絶句した。


 ユニが巨大な灰色熊の背で、仰向けに寝っころがっている。熊は左足がなく、ユニを振り落とさないように歩きにくそうに歩いていた。


 ユニのかたわらでは、大猿のウユララが果物の皮をき、いつものようにユニの口に放り込んでいる。


「あー、もぐもぐ、おかえりー、もぐもぐ」


 ノコの気配を察して、ユニは脳天気に言った。


「こ、この、大っきな、初めて見る“人”は、どなたで?」


 感情を抑え、ぷるぷる震えながらどうにかノコはユニに質問した。ノコは、生き物をすべて“人”と呼び、ユニにとって生きている一番古い友人だ。


「人喰い熊のポチよ。昨日、拾ったの。すごいでしょ。えへ」


 うれしそうに自慢するユニに、ノコは軽く目眩めまいがした。ユニが動物を拾ってくるのはいつものことだったが、ここまでの大物はさすがに初めてだ。しかも、手負いの人喰い熊ときた。どうせ、治療して包帯を巻いたのもユニに違いない。


「面倒事の予感しかしないっ!!」


《ごちゃごちゃ言うな。小僧》


 悟りきった表情で、ウユララは果物の汁で汚れたユニの口元を布で拭いてやっている。


「せんせが、そうやって甘やかすからユニ子がダメ子になるんだよ!」


「誰が、ユニ子よ」


「否定すんの、そっち!?」


「まぁいいから、あんたもこっちきんさいよ」


 そう言って、ユニは仰向けに寝っ転がったまま自分の胸を叩いた。ノコはしぶしぶ嬉しそうな顔をして、ポチの後ろ足から背中に駆けあがった。ユニの小さな胸の間に収まると、心地よさ気にうずくまる。


「いやいや、寝る前に報告しんさいよ」


 当たり前のように、ユニの胸で眠りこけようとするノコをつまみ上げた。


「おぉっと、そうだった。つい、起伏の緩やかな胸板の寝心地がいいもんで」


「ドブに捨てられたいらしいわね」


 言いながらノコを適当に放り投げた。それを、ウユララがいつものように長い手を伸ばして空中でつかまえる。


「さすが、せんせ。頼りになるぅ~」


 そのまま、ウユララは無言でノコをユニの胸元に置いた。


「川の上流に五人。奴らだよ」


「そ」


「猟師一人、伝令一人、荷物持ち一人、シルシ持ちは二人。近頃は、ここいらで凶暴な人喰い熊が出るらしいからか、慎重に進んでた」


 じっとりとした目線でノコはユニとポチを見やった。二人とも素知らぬ顔をしている。


「徴持ちが二人か」


 魔女の魂に刻まれた徴をぎとり、移植することで“魔女の技法ウィッチクラフト”を一般人でも操ることができるようになる。


「技はなんだった?」


「火と水を出すのを見たよ」


「ということは、サユとサロの双子の技法ね」


 魔女の技法は、一人一人固有のものだった。同じ技法を操るものは二人となく、その魔女が死んだ時、本来であれば魂と技法は欠片かけらとなって“大いなるもの”の中へと還り、また新たに産まれ出ずるのだ。


 ユニが育った“魔女の隠れ里”に、サユとサロという幼い双子がいた。火と水を操る技法は生活にも便利で、みんなから可愛がられていた。


 魔女狩りに村が襲われ、サユとサロはユニの目の前で徴を剥ぎ取られ、塵芥となって消えていったのを、今でも昨日のことのように覚えている。


 隠れ里の住人は、ユニ以外の女はすべて徴を剥ぎ取られ、男は皆殺しにされた。


 叫んで叫びきれず、泣いて泣きれない思いは張り裂けるまで膨らんで慟哭となり、怨念でユニの心と体のすべてを満たしきっていった。


 濁りきった悪意は、歳経としへるにつれユニの精神をむしばみ、憎悪は澄み切った狂気に生まれ変わったのだった。


「昔の記憶は、まるで他人のもののようだけれど。でも、徴持ちは、私が殺すからあんたたちは他の人間を殺しんさいよ」


 冷酷にそう告げると、怠惰ないつもの笑顔に戻って子狐の頭を撫でた。


「まかせろー」

《うむ》

《ハラヘッタ》


 動物と会話できるユニの技法により、張り巡らせた“獣の情報網”に魔女狩りの動きが引っかかり、ここまで追いかけてきたのだった。


 ようやく追いついたが、人間の言葉が分かるのはノコだけで、偵察に行ってもらっていた。それが昨日のことだった。


「この先の村に、かくまわれている魔女を捕まえに行く途中みたいだよ」


 徴を剥ぎ取ることができるのは、魔女狩りの中でもイドと呼ばれる男だけだった。


 魔女は捕まえ、裁判にかけ、徴を剥ぎ取る。魔女狩り連中は徴により魔女の技法を得、今や王国軍をはるかに凌ぐ戦力を有していた。


「その娘の技法は?」


「壁に光の斑点の投影。五歳くらいの子供らしい」


 魔女の技法に対抗できるのは、魔女しかなく、しかし、魔女は年々産まれなくなり、また魔力も弱まる一方だった。


 それでもイドは、片っ端から魔女を捕まえて王都の教皇殿に連行し、徴を剥ぎ取って部下に与えている。


「ふむ」


 少しだけ、ユニは思案した。


「せんせ。ダイオとオレ、オーゴはここいらに生えてるかな?」


《分かった》


 よく使う薬草だった。強烈な緩下かんげ剤で、手持ちの生薬と組み合わせることで悪辣あくらつな下剤になる。麻の袋に詰めて川に沈めれば、三日は川の水は飲めなくなるのだった。


「せんせは、川の上流にこれを沈めてきて」


 背負い袋に詰め込んであった生薬を調合して渡した。飲み水に下剤を入れるのは、よくやる手で、水筒に直接入れられるのであれば即死毒を使う。森の賢者たるウユララであれば、道すがら足りない薬草を追加しながら行ってくれるだろう。


 母から学んだ医導術で魔女狩りを殺すことには、なんの躊躇いもなかったが、無関係の動物までも殺してしまうのは極力避けたかった。


「五人は今日の夕方に殺しましょう。ノコは猟師の動きに注意して、もう一度偵察に行って」


 野営の準備が始まれば、猟師は寝込みを襲われないように罠で周りを完全に囲むだろう。そういう手練てだれを相手に夜襲をかけるのは危険だった。


「襲撃時、猟師はポチが殺って。荷物持ちと伝令はノコが」


 ノコの爪に即死毒を塗り込むのも、いつものことだった。あとは、五人が野営しそうな場所で、ただ静かに待つだけである。



 魔女にあだなす人間どもに、裁きの鉄槌あれ。


 

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