第4話 魔女狩り長官イド



 ゲンドォ、と水の徴持ちは暗闇の中で名乗った。


「助けてくれ。何でもする。頼む」


 右膝の皿の骨ごと徴を破壊すると、ゲンドォはすぐに泣きついてきた。


「イドの居場所を教えてくれる?」


 魔女狩り長官イド。魔女の隠れ里を襲い、ユニの母の徴を奪った男。


「し、知らない。本当だ」


 言ったゲンドォの顎を、軽く蹴りあげた。


「本当のことを言わない口は、砕けるといいわ」


 夜の闇は、想像以上に感情を伝えてくれる。ゲンドォの頭はまだ、小ずるい計算をする余裕がありそうだった。


 熊が獲物を引きずるように簡単に、ユニはゲンドォを近くの木まで引きずって行って幹に縄で縛り付けた。


「やめろ。やめてくれ。俺は、本当のことを言っている」


 黙って右足の付け根を、麻紐でキツく縛り上げた。


「ポチ」


 闇に向かって、小さく呼びかけると巨大な獣が近づいてくる物音がしてくる。


「な、なにをする気だ?」


「右足を咬みちぎって。あとは、そこらの人間でも食べて待ってて」


 ゆっくりと太ももにポチが噛みついていく。ゲンドォがあげる、獣の断末魔のような絶叫を聞いても、ユニは別に何も感じなかった。



 暗闇の中、獣が“何か”を食べている音だけが響いてくる。


 時折、枝の折れるような音がして、その度にゲンドォはぴくりと身じろぎした。充満する血臭は、風がないせいで蒸せかえるようで、すぐに嗅覚を麻痺させた。


 ゲンドォには強力な痛み止めと、気付け薬を飲ませ、口には手ぬぐいを詰め込んで喋れなくさせている。

 やがて、狂ったように頭を振り、気絶しては静かになるのを繰り返すようになっていった。


「今回の出動の目的は何?」


 口から手ぬぐいを引き出した。唾液にまみれた手ぬぐいは、地面に捨てるとびちゃりと嫌な音を立てた。


「痛い。た、助けてくれ」


 まだ、気は狂ってはいないようだった。疲弊しきった掠れた声でゲンドォは懇願してくる。全身が汗だくで、体は異様な熱気を放っていた。


「あんた次第ね。代わりがまだいるし」


 火の徴持ちは、殺さないようにポチには言ってある。殺さないようには。


「魔女を捕らえることだ。イドさまが、魔女の居場所を突き止めたのだ」


「イドは、今どこに?」


「国境にあるペシャル砦だ。帝国の侵攻を食い止めておられる」


 王国に帝国が侵攻しつつあるというのは、ここ最近のもっぱらの噂だった。軍事力で圧倒的な帝国の進撃を阻めているのも、魔女狩りたちの“御技”のお陰らしい。


「今回、捕まえに来た魔女の技法は?」


「壁に光の斑点」


 ノコの言っていた通りだった。


「わざわざ、その程度の力しかない魔女を捕らえに、徴持ちを二人も投入したっていうの?」


「イドさまは、我々には考えすら及ばぬ英知をお持ちだ」


 イドが、ユニの村を襲った時はまだ一介の魔女狩りにすぎなかった。それが、十余年で魔女狩りの頂点に立って、今や王国軍を凌ぐようにすらなっている。


「そう。その英知が、あなたを救ってくれたらよかったのにね」


 無感情に、ゲンドォの心臓に慈悲を突き立てた。一瞬、目を見開き、なにが起こったのか分からない顔のまま死んでいった。


 イドは英傑であることはあるのだろう。ただ、ユニにとって苦しみ抜いて殺すべき敵でしかない。


 たとえそれで魔女狩りが壊滅し、帝国が王国に進行しようとも。



 

第一部 完


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