2月9日『準備2』

 並ぶ。

 並ぶ、並ぶ。

 並ぶ、並ぶ並ぶ並ぶ並ぶ並ぶ!!

「お客様ぁ! 最後尾あちらとなっておりまぁす! 列にお並びくださぁい!」

「生ショコラ本日分完売しましたぁ! 生ショコラ本日分完売でぇす!」

「お客様大変お待たせしました! お会計、一万と八百円です!」

「お持ち帰りのお時間どれくらいでしょうかー!?」

「お客様申し訳ございません、前のお客様で本日分は全て完売いたしました。申し訳ございません」

「チョコ専門店初出店でございまーす! どうぞお立ち寄りくださいませー! 

「一日限定百個のトリュフ詰め合わせ残り十個となっておりまぁす!」

「お次のお客様大変とお待たせいたしました! ご注文はお決まりでしょうか!?」

「は、はい、え、えーと、じゃあこのトリュフの詰め合わせと、あとチョコクランチください」

「ご注文以上で千九百四十四円でございます」

「二千円でお願いします」

「お返し五十六円でございます、大変お待たせしました、ありがとうございましたー」


 ……疲れた。

 期間限定のバレンタイン催事嘗めてた。

 まさか1店舗のチョコ買うのに20分も並ぶことになるなんて。

 それに人集りと買う人の列で、ちっとも品揃えを確認することができない。

 一応、各店のチラシを貰うことはできたけど、置いてあるチョコ全部が載ってるワケじゃないみたいだ。

 ホント、専門店嘗めてた。

 出勤前にチラッと寄って、味見がてら2、3店舗ぶん買おうと思ってたのに、到底無理そう。

 お店がオープンしてまだ一時間だと言うのにこんなに人が集まってるとは予想外だ。

 いや、みんな人気店の数量限定品を手に入れる為に集まってるんだから、これくらいのやる気がないとダメなのか。

 今まで人にあげるチョコは全部手作りだったし、良いチョコって言ったらデパートにある有名店のチョコだったから催事限定のチョコは知ってても買ったことなかった。

 期間限定品に集まる人がこんなにたくさんいるだなんて。

 うーん、これはお兄ちゃんに食べさせるチョコフォンデュ用のチョコにこの辺りのチョコを使うのは到底無理そうだぞー。

 って言うか、ざっと見たところチョコフォンデュに使えそうなチョコは置いてなさそうだ。

 さすがにそれはそうか、一箱幾らのほうが回転が良いもんね。

 そりゃそうか。

 となるとやっぱりチョコのレシピ本を漁りまくって一番良い配合を見付けるしかないかぁ……。

 トリュフが梱包されたダークブラウンの長方形の小さい箱と、ビニールに包まれたカップ入りのクランチが納められたエナメル質の紙袋を片手に、まだまだ慌ただしく活気が収まる気配の無い催事スペースを遠巻きに眺める。

 みんなよくこんな人波でチョコを買おうなんて思うなぁ。

 私はお兄ちゃんの為だから張り切って来たけど、ここにいる人のほとんどが自分で食べるか同性の友達にあげるんでしょう?

 いやぁ、私には真似できないなぁ。

 買っている自分を棚に上げつつ、わちゃわちゃと塊のように蠢く人集りを見て思った。

 でもやっぱり私は自分で作るのが一番合ってるなぁ。


「あれ~? ゆかちゃん~?」


 と、その時後ろから耳馴染みのあるもったりとユルい、まるで生キャラメルか生ショコラのように甘い声。

 振り返らなくても誰だか分かる。

「ミホさん、おはようございます。今日はお仕事お休みでしたよね……? って、あー」

「えへへ~。チョコ、買いに来たの~」

 ガサッと、期間限定店舗のネーム入りの大袋を幾つも腕にぶら下げたミホさんがそこには居た。

「え、えー……。幾つ買ったんですかソレ。って言うかそんなにたくさんどうするんですか……?」

「え~? 幾つ買ったかは分かんないや~。とりあえず並んでたチョコ全部五個ずつ包んでもらったから~」

「えぇ……?」

「ほらぁ、こないだゆかちゃんと勝負した時、たくさんアウター買ってくれたお客様いたでしょ~? 今日のお昼にね~あの人のお家で開くお茶会にお呼ばれしてるの~。それでお土産にね~友チョコだよぉ~」

「……ほぇ……」

 呆気に取られてしまった。

 こうしてミホさんはお客さんのアフターサービスをしているのか。

 通りで友達みたいに仲が言いワケだ。

 友達みたいに、じゃなくて、お友達だったワケか。

「でもそんなにたくさん専門店のチョコ買ったらお金ヤバくないんですか? お給料無くなっちゃいませんか?」

「大丈夫大丈夫~。たぶん、『そんな気を遣わなくて良いのよぉ』って言って幾らか出してくれると思うからぁ~。痛手じゃないよ~」

「ほぇー」

 すごい世界だ。

 いつだかミホさんはこの辺りは地方だから~、なんてことを言ってたけど、どうやら地方にもセレブは居るらしい。

 そしてミホさんはそんなセレブリティのお友達ということらしい。

「それにしてもそんなにたくさんの紙袋、さすがに重たくないですか? そんなに持って歩いたら疲れてお休みにならないんじゃ」

「それも大丈夫~。もうすぐお迎えが到着するって、連絡あったから~」

 ほぇー。

 まさにセレブリティだ。

 送迎付きのお茶会に呼ばれるなんて、よっぽど好かれてるんだなぁ。

「ゆかちゃんもチョコ買ったんだね~、お兄さんにあげるの~? 手作りじゃなくて~?」

「あ、これは下見ついでに買っただけで、当日はチョコフォンデュをしようかと」

「へ~! 素敵~!」

 ミホさんの瞳がキラキラと輝く。

 チョコフォンデュに何か特別な憧れでもあるのかな。

「他にも何か用意してるの~? プレゼントのサプライズとか~」

「プレゼント……ハッ……!!」

「ん~?」

「ミホさん、そうですよ! プレゼントですよ!」

「え、え~?」

 紙袋を幾つも携えたミホさんの手を掴むと明らかに困惑したミホさんが可愛らしく戸惑いの声を洩らした。

「いや、私、チョコばっかり考えてて、お兄ちゃんにプレゼントするものとかすっかり忘れてました! プレゼントは私、くらいに考えてました!」

「そ、それは大胆だねぇ~、え、ゆかちゃん自分をプレゼントにするの~? ついに本気でいっちゃうってこと~?」

「その覚悟はあります!」

「わ~! わ~! バレンタインの後で報告会やろうね~! 楽しみ~!」

「ふふふ、お楽しみにしててくださいねミホさん! 良い報告が出来ると思いますから……!」

「禁断の果実だぁ~」

「私とお兄ちゃん、アダムとイブになります」

 ちょっと厨二臭いセリフだけど、私はいたって真面目だ。

 いや、私は本気だ。

 アダムとイブではなく、アダムに禁断の果実を齧らせる、賢しい蛇に私はなるんだ!

「ゆかちゃん目が本気だねぇ~、ヤバいねぇ~」

「今の私はヤバいですよ。今ならルシファーにもサタンにもなれそうです」

「……ルシ……? なぁ~に、それ~?」

「いえ、分からないなら気にしないでください。突っ込んで聞かれるとあまり詳しくないんで恥ずかしいです」

「そっか~、オタク的なやつか~」

「まあそんな感じです」

 ミホさんから目を逸らして広げた両手をミホさんの前でバタバタと振って誤魔化す。

「いや、それにしてもミホさんのお陰で光明が見えました。さすがは女神ミホ神様です!」

「なにそれ初めて言われた~。面白~い」

「今日からミホさんは女神ミホ神様として世界中の人々に敬い奉られるのです」

「謎すぎる~、うふふふふ~」

「ははー……!」

「あはは~、崇めよ~我を讃えよ~、あは~」

「ははー!」

 私が調子に乗って手を合せ拝むと、ミホさんもノッてくれた。

 この優しさが女神たる所以である。

 ひとしきり女神と信徒ごっこに興じた私たちは、ミホさんのお迎えが到着したという連絡を合図に解散した。

 別れ際ミホさんが「しまった~、紅茶の茶葉もお土産にしようと思ってたんだった~」とわたわたしながらお茶屋さんの方角へ走って行ったので、きっとまだお土産の紙袋は増えるのだろう。

 お友達想いで強かなミホさんである。


「それにしても、プレゼントか」

 口にして、反芻して、また飲み込む。

 すっかりお兄ちゃんを良い潰して、私の初めてをあげて、お兄ちゃんの初めてを貰うことで頭が一杯になってしまっていたけど、普通バレンタインと言えばチョコ+プレゼントが定番ではないか。

 どうしてこんな簡単なことを忘れてしまっていたのか。

 何か物足りない、何か抜けてると思ってたけど、まさか私が間抜けだったとは思いもしなかった。

 しかし、女神様のお陰で道は開けたし、あとは光りの道を進むのみである。

 よぉーし、お兄ちゃんにあげるプレゼント、何にしよー!?

 また考え直しだー!!

 バレンタインまであと五日しかないぞ!!

 時間がないぞ!!

 どうすんの私!?

 チョコフォンデュのレシピも決まってないのに!

 フォンデュ鍋もまだ買ってないし!!

 ヤベー。マジでヤベー。

 これはフォンデュ鍋は密林さんにお願いするしかないな。

 うん、それが良い。よし決定。

 今日の休憩時間にでも注文しておこうそうしよう。

 そして今から本屋さんに行ってレシピ本をまとめて買って休憩時間に読み漁ろうそうしよう。

 レシピが決まれば明日にでも材料を買って試作する時間も作れる。

 お兄ちゃんは家にいるけどそれは仕方ない。

 純潔の乙女には必要な準備というものがある。

 チョコをあげるのはお兄ちゃんには教えてあるんだし、試作してるところを見られたって何の問題もない。

 当日、お酒を混ぜてるところさえ見られなければそれで良いんだ。

 よしよし、あとはお兄ちゃんに渡すプレゼントだけだ。

『私の処女がプレゼントだよー!』っていうのがホントは一番私的には熱いんだけど、お兄ちゃんは欲しがらないだろうし、だからこそ寝込みを襲うことにしたんだから、それでは話にならない。

 お兄ちゃんの喜ぶものって何だろう……。

 たぶん、お兄ちゃんに聞いたら「お前の喜ぶ顔だよ」とか何とか言うんだろうけど……ギャー! 何ソレ想像するだけでヤバい! 私が失神してしまうわ!

 いやいや、現実逃避してる場合じゃない。

 ちゃんとプレゼント決めなきゃ。

 うーん、ホントに何が良いかなぁ……。

 またノートにまとめて考え直そう。

 バレンタインまであと五日!

 お兄ちゃんの初めてを奪う日まで、あと五日だ!

 絶対にミスは許されないゾー!

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