2月8日『Cowardice』

 妹のことが心配だ。

 ブラコンだとか、ヤンデレだとか、不安になり心配する要素が増え続けていることも問題だが、そもそも妹が俺に依存していることが根本的な問題で、俺がいる限り妹の心の闇が深まり拡がり続けるのではないか、妹が闇から脱け出せないのではないか、俺はそれを心配している。

 昨日の言動もそうだ。

 これまでも俺に性的なアピール、性的な要求をしてくることはままあったが、その先である『赤ちゃんが欲しい』というような何かの『形』を求められたのは初めてだった。

 俺は、妹が俺に依存しているのは唯一血の繋がった家族であり、妹の生活を支えてきたからこそだと思っていたが、最早それだけでは説明がつかない、それだけでは理由として弱いことに思い至った。

『お兄ちゃん好き』という言葉がここに来て重く響いてきた。

 妹の言う『好き』は、『家族愛』と『依存』が混じりあったものであり、その結果がブラコンという一つの形に落ち着いているのだと思っていたが、それを根本から見直す必要が出てきた訳だ。


 ではそれは何かというと、詰まるところ『好き』そのものなのだと思う。

 と言うかそれしか思い付かない。

 要は恋心。

 恋心。

 正直、俺には未だによく解らないものだ。

 恋をしたことがない。ということはさすがに無いが、妹のように相手に何かを求めたり、依存に至るまで相手を強く望むような心境になったことがない。

 つまり、好きにはなっても、惚れたことはない。

 盲目になるほどに恋をしたことがないし、陥ったこともないのだ。

 そして、俺の妹はその『盲目の恋に陥っている』と、俺はそう思う訳だ。

 だからこんな俺に入れ込むし、尽くすし、求めるし、その先を欲するのだと思う。

 これは俺自身を卑下する意味でも、卑下しない意味でもそうだ。


 どうして、こんなふうになってしまったのだろう。

 もちろん最初の原因は親父とお袋の死で、追いエピソード俺の事故だ。

 しかし、近しい人間の死を体験し、唯一の家族が一生歩けない身体になってしまったことが、妹の恋愛観を螺曲げてしまうほどのことなのだろうか。

 倫理観を飛び越えてしまうようなほどなのだろうか。

 それも、恋愛経験値が雀の涙ほどしかない俺には解らない。

 こうして考察してみても、結局よく分からないままだ。

 であれば、俺には何も出来ないのだろうか。

 妹の依存を解消することも出来ないし、俺自身の抱える妹への心配を解消することも出来ないのか。

 ここでも俺に出来ることはなくて、何も出来ないままなのだろうか。

 それとも、本当に妹に応えることが、唯一俺に出来ることなのか?

 倫理観を飛び越えて、禁忌を理解した上で侵し、理を知った上で法を犯す。

 それで何か得るものが有るのだろうか。

 解決を見ることになるのだろうか。

 取り返しのつかない罪を犯して、何かを取り戻すことができるのだろうか。

 分からない。

 分からないままだ。


「う……ん……っと」


 両腕を支えに上体を起こしてベッドに座る。

 腰を左腕の肘をベッドにつき直して腰を捻らせ右腕で右足を掴み持ち上げ左足にクロスさせるように乗せる。

 次に左足の太股辺りを掴み引っ張って乗っている右足の下を潜らせ、うつ伏せの姿勢になる。

 長時間同じ姿勢であるのは危険だからこうしてベッドの上に寝転んでいる時でも一定時間おきに姿勢を変えて褥瘡のリスクを軽減させる。


 家に長時間居るというのは普通なら贅沢な話なのだろうが、やることが無ければただ無為な時間の浪費でしかなく、やることが多かったとしてもやり終えてしまえば最終的に辿り着くのは無為な時間である。

 あと出来ることと言えば、自ら何かを打ち出すことなのだが、では何を生み出せば良いのだろうという話になる。

 俺は中高と部活でバスケットをしていて、大学では教育学を学んでいた。

 特に趣味らしい趣味もなく、特に家で何かをするということが少なかったため、例えば絵を描いたり文章を書いたりというのが得意ではない。

 これっぽっちも才能が無いことを自覚している。

 暇潰しに動画サイトやアニメや読み放題の漫画をネットを駆使し散策してみたが、やはりそこから何か新しい趣味を見出だせることはなく、自動で更新されるオススメ動画を垂れ流し、有名どころの漫画をちらほら見るくらいしかなくなっている。

 つくづく非生産的で有益な所が無いと、自分のことが恥ずかしくなる。

 身体を使って働くくらいしか能が無い。

 それくらいしか能が無かった。


「暇だ……何か……見るか」


 スマホの液晶を点けて動画サイトに飛ぶ。

 こうしてまた無為な時間を浪費して、余計なことを考える時間を見ない振りをする。

 解決しなければいけない妹のことも、忘れた振りをする。

 どうしてこんな俺は生きているんだろう。

 生きることを許されているんだろう。

 俺の生死を縛る妹の言葉には感謝もあれば恨みもある。

 生きている。

 そのことに感謝もあれば虚無も感じる。

 こんな日が明日からもずっと続くのか。

 こんな日が明日からもずっと続くのだ。

 ずっとずっと、俺が死ぬまで続くのだ。


 解放されたい。

 この無為な日々から。

 解放されたい。

 この無為な生から。


「いっそ……」


 出来もしないことを、また考え始める。

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