第16話 珍客あり

 山奥深くにぽつんとある元診療所だというちいさなちいさな一軒家。そこに私たちは棲みついた。

 異質な私たちはヒトのなかで生きることはできない。ヒトのように生きることもできない。しかしこの世界でヒトと生きるしかない。それなら誰も来ないような場所が一番いい。

 やっと見つけた静かに暮らせる家は今日もにぎやかだ。


 青年「ちょっと出かけてくっからー」

 少女「はあい。いってらっしゃーい」

 少年「え、ねえどこ行くの、一緒に行くっ」

 青年「だーめ。お月さん見に行くから。お前には無理だろ」

 少年「う。そうだけど。むー」

 青年「ははっ、すぐ帰るから。じゃあなっ」

  私「気をつけなよ〜」

 青年「だーいじょーぶっ。じゃ!」


 青年はうきうきと夜の森の奥へ駆けていった。


 少年「つまーんなーいっ」

  私「しょーがないでしょ。オオカミ男なんだから。あんなにきれいな月を見たら居ても立ってもいられないんでしょ。それに座敷童のあんたには、野外の動物と遊ぶのは無理」

 少年「そうだけど…(ぷっと頬をふくらませる)」

  私「外で遊ぶことは、吸血鬼の私には理解できないけどね」


 落ち込んでいる座敷童の頭をなでてなぐさめていると、家の奥から「手伝ってー」と声が上がった。少女の座敷童が、なにやら作っているらしい。「ほら行ってきな」と肩を叩くと、少年は駆け出した。

 ミイラ男の包帯を洗濯して干しているようだ。影だけがするりと天井を走った。「影走り」は手伝いが好きなのだ。鬼火がたのしそうについて跳ねていく。好奇心旺盛なのだ。

 あらためて思う。

 ここはただしい「お化け屋敷」だ。

 ヒトも寄りつかない。そもそも建物に気づきもしない。

 だから私たちにぴったりの家。マイホーム。

 訪れるヒトは運悪く迷い込んだか、よほど化け物が好きなのだろう。


 今夜もおだやかな日常が流れる、はずだった。

 ふわっと見張り好きのフクロウがベランダに舞い降りた。いつも風見鶏のごとく屋根から降りないヤツなだけに、それだけで緊急事態だった。

 屋内に入れると、フクロウは私の側に停まった。


    私「どうした?」

 フクロウ「誰かがこっちに来る」

    私「どんなヤツだ」

 フクロウ「ヒトのような見た目だ」


 屋内から気配という気配が消えた。

 ヒトから隠れる術は全員持っている。


  私「(屋内に向けて)パニックになるな。大丈夫だ」

 少年「ほ、ほんとう?(物陰からびくびく)」

  私「同族かもしれない。皆もはじめはそうだっただろう。それに私が出る。だから隠れてるんだ」


 座敷童はうなずいて隠れた。

 ここはやっと見つけた自分たちのマイホーム。ふたたび追われるのはごめんだ。ヒト対応のうまい人狼とまでいかないが、この場は自分がなんとかするしかない。 がしがしと頭をかく。


    私「やれやれ。夜の山を来るとはどこの家出人だ。迷い込んだなら迷わせればいいかな」

 フクロウ「違う。まっすぐに来る。ここを目指している」

    私「目的あって来るか。物好きだな。あとどれくらいで来そうだ」

 フクロウ「小1時間もあればここに」

    私「小1時間か。何人来る」

 フクロウ「ひとり。コドモだ」

    私「…あ?」


 ヒトの子がひとりで来るというのか。

 夜の山を、お化け屋敷をめざして。

 いぶかしく見る私とおなじなのか、フクロウもぐりんと頭を回した。いったいどんな肝試しをやってるんだか?

 フクロウと一緒にベランダに立って夜目を凝らすと、なるほど少年がひとりで山道を歩いてくる。

 しかし、どこかおかしい。ヒトなら大人でも警戒して歩く道を少年は目を輝かせて足を進めている。人狼の遠吠え(威嚇だ。気づいているのだろう)が聞こえても、恐怖の色どころかワクワクした表情を浮かべる始末。


 私「なんだい、あれは。仲間…?」


 おなじ化け物か。

 しかし自分の勘が「あれはヒト」と訴える。この勘ははずれたことがない。

 ではなぜ来るのだろう。討伐か。少年ひとりでは無理だ。

 家出か。その割には軽装だ。

 答えの出ない疑問が好奇心をくすぐる。


 フクロウ「どうするの」

    私「話を聞く。入れないさ。安心しろ」


 オオン、オオン

 人狼の遠吠えが警戒しろと山に響く。

 少年はゆっくりだが確実に近づいてきていた。迷わず、まっすぐに、ここを目指している。

 オオン、オオン

 ちらりと月を見た。

 だいじょうぶだ。いざとなったら私が手を下すさ。

 少年の顔が私を認めた。とたんに浮かべた満面の笑み。


 ヒト「(ぜいはあ)こ、こんばんは!!」

  私「…(ぽかん)」

 ヒト「あの(ぜいぜい)ぼく、ずっと、探して、いたんです」

  私「なにを」

 ヒト「ええと吸血する人とか、狼に変身する人とか、そういう存在を」

  私「あー…(そういうわけか)」

 ヒト「皆、そんなのいないって、笑うんです。見たことないからって」

  私「だろうねえ」

 ヒト「確かにそうなんです。それじゃあぼくが見てやろうって、探してて」

  私「へえ。よくやるね」

 ヒト「ここなら、居るって聞いたんです。ここに、いますよね?吸血する人とか、狼に変身する人とか、そういう話、聞いてませんか?」

  私「あはははははは(爆笑)」

 ヒト「!?;;」

  私「(しばらく笑ったあと)そうだね、いるね」

 ヒト「やっぱり!? いるんだ、いるんですよね!?」

  私「ああ。いるよ」


 少年は飛び上がって喜んだ。


 ヒト「じゃ、じゃあここにいるんだ」

  私「いや、ここじゃないね。そういう噂があったけど」

 ヒト「え…じゃあ、あなたは何故ここに…?」

  私「ん? ちょっとあってね、故郷に帰れないだけさ」

 ヒト「病気とか…?」

  私「いや。私は死んだ人間なんだ。逃がしてもらっただけ。だから私がここにいることは誰にも言わないでほしい」

 ヒト「そうだったんですか…。さみしく、ないんですか」

  私「(クス)私の性に合ってるんだろうね。さみしくはないよ」


 少年は神妙な顔つきになって黙り込んだ。化け物の存在を信じて追ってきたり、故郷に帰れない知らない女に同情したり、変な子だ。


  私「残念だったね。せっかくここまで来たところ悪いけど、ここにはあんたにとって手がかりになるような物も話もないよ」

 ヒト「あ、いえ(苦笑)」

  私「…そんなに会ってみたいものかい?」

 ヒト「会いたいですね」

  私「そうかい」

 ヒト「はあ…さすがに疲れたな」

  私「悪いけど、うちにはひとを泊めるような場所はないよ。玄関前で寝るのもお断り。別の場所を探すか、山を下りるしかないね」

 ヒト「そうします」


 彼は「夜分遅くすみませんでした」と頭を下げた。


 ヒト「あの。また来ていいですか?」

  私「…あ?」

 ヒト「いることを信じてるってひと、あなたがはじめてだったんです」

  私「来たいときに来たらいいだろ」

 ヒト「ありがとうございます!」


 少年がすっかり遠ざかった頃になって、座敷童たちが顔を出した。


 「また来るかな」「どうかな」


 私は肩をすくめて赤いソファに体を沈めた。

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