第14話 献思考
ぶらぶら歩いていると声をかけられた。
「すみません。あなたにぜひとも力を貸してほしい」
スーツの女性は、どこか焦りと期待の色があった。何事かと目をまるくしていると、女性はさらに説得してきた。
「あなたは、よく考え込んだりする癖がある」
「ええ。はい」
図星だ。うまく話せなかった、準備していたメモを忘れた、そんな些細なトラブルで私はいつもしばらく悩むのだ。
女性は確信顔でうなずいた。
「考え込むことが多い人を捜していた。その力を分けてほしい。今は、そういうものがとても大事。特にあなたのようなものは稀少。どうしても嫌なら拒否して構わない」
うーん。稀少だろうか。くよくよ考える癖はハッキリ言っていらない癖の類いだと思うんだけど。
「嫌じゃないですよ。ただ考え込んでるだけですよ。ああでもないこうでもないって無駄にくよくよしてるだけで、いいことなんかなにもないですよ?」
「それを必要とする存在もいるということ。時間はある? すぐ来てほしい」
女性と握手を交わした。交渉成立。
薄暗いサロンに通された。まるで温泉地の昼寝スペースのようだ。ベッドが20も並んでいて、ほとんど埋まっている。どこも頭がすっぽり隠れるカプセルの中にいて、みんな眠っているようだった。
カチン。
コロコロカチン。カッ。
室内には固いものが転がる音が鳴っている。
ああ、ここなのか。
「思考」の結晶でメンタル治療することは献血と輸血のごとく今や普通にあるけど、こんなふうに採取してるとは知らなかった。イライラ思考の結晶を覚醒するために使ったり、のんびり思考の結晶を鎮静に使ったりする。
しかし自分の考え込むような思考は、いったい何の役に立つのだろう?
「こちらでお願いします」
女性に指定されたベッドに横になると、カプセルがかぶさってきた。視界はより暗くなる。
ほんにゃらふんにゃらと眠くなる音楽が響いてきて、聞いているうちにうとうとしてきた。
すると、頭のあたりからコロコロカチンと音を立てて、思考の結晶がベッドから転がり落ちた。脇にいた女性が満足気につぶやく。
「やっぱり、いい結晶だ。来てくれてよかった」
「そうですか?」
「今どき、こんなにいい結晶はできない。よかったら正規登録して。本当に足りなくて困ってる」
「あ、いいですよ」
女性はうれしそうに笑った。
「でも、私の考え込みって、なにに役立つんですか?」
「なに、無駄だと本気で思っているようだね」
この人はなんて意外なことを聞くのか、という声色だ。
「ずっとそう思っていたもんで……」
「考えを熟成させることの、なにが無駄なものか。ちいさなことでもきちんと向き合う。ていねいな思考だ」
「へえー」
「こういった思考は、なにも考えていないタイプに適している。何度繰り返しても罪の意識が沸かないとか、反省の色がないタイプにはおおいに役立つんだよ」
なるほど。それは考えてもらわないといけないね。
コロコロカチン。カチン。
私の思考抽出は10分くらいで終わり、正規登録に向かった。
お金にもならないけれど、そんなことは気にならない。無駄な思考だと思っていたけど、それが役に立つ。これほどうれしいことはない。
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