2ー7『羽村さん、聞き込み中』
鬱蒼と生い茂る木々を前に、俺はふぅと息をついた。
木々が風で揺れる音に紛れてだが、小さな声が聞こえてきた。恐らくこの森に住んでいる動物達の声だろう。
俺が聞けるのは基本的に動物の声だけで、虫の言葉だけはわからない。だからうちは害獣限定で、スズメバチ駆除などは専門外としている。
おかげでうちはいろいろと仕事を逃しているわけで、もしかしてあんまり知られていないのはそのせいか。
脱線はそこまでにして、地元で暮らす動物達の情報というのは欠かせない。刑事物や探偵物と同じことだ。強行突破するという手段もあるが、それで使用人さんと同じ末路とあってはプロの名が泣く。だからまずは情報収集を先にする。
ちなみに普通の業者なら糞や足跡などを見て、対象の動物を確かめる。俺もその手段を取ることは出来るが、必然的に現場へ近づくことになるわけで、相手に無用な警戒心を与えることになる。
よって、情報から攻めていった方が、無用に相手を刺激する必要がなくなるので、俺としては都合が良い。
「あの、手伝えること、何かありませんか?」
「今は大丈夫、俺が迷わないように導いてくれれば十分。大体、今日の
「害獣駆除のお客さんって、そんなに横柄な人が多いんですか?」
「……すいません冗談です」
我ながらくだらなすぎる冗談に恥ずかしくなった俺は、速攻で謝った。
『ふわぁ、
ケージで眠っていたぽんすけが目を覚ましたらしい。相変わらず呑気な声に、俺は呆れてため息をついた。
「目覚めの第一声はそれしかないのか、お前さんは」
『んぁ、なんだここぉ』
「仕事先にもう着いたんだよ。今は地元の連中を探してるところ。動物の匂いとか、感じないか?」
そう尋ねてみると、ぽんすけは呑気にあくびをしながらも、鼻をヒクヒクさせ始めた。
『んぅー、いろいろゴチャゴチャしててわかんねぇ。でも鳥っぽ匂いはあっちからするなぁ』
ぽんすけは身体を起こすと、その方向へ鼻先を向けた。今の道よりもさらに木々が多いように見えるが、確かにここなら身を隠すには丁度いいだろう。
「ありがとう、ちょっと行ってみる」
『おい羽村ぁ、手伝ったんだからなんかよこせよぉ』
「……」
『おいこら羽村ぁ! 聞いてんのかテメェ!』
俺は聞こえないフリをすることにした。これもお前の健康のためだ、わかってくれ。
「なんだか、ぽんすけくん機嫌悪くないですか?」
「実はコイツ、寝起きがすごい悪いんだ」
原居さんの訝しげな問いかけもさらりとかわし、俺はぽんすけの導きに従って進むことにした。
少し進むとすぐに鳥の羽ばたく音がして、俺はそちらを見上げた。頭上の高い枝には一羽のカラスが、羽を休めていた。
「珍しいな、まだこんなところで暮らしてる奴がいるのか」
最近のカラスは都会型が多い。そちらの方が住む場所も食べる物もたくさんあるからだ。
しかし、いきなりこうして遭遇出来たのは運が良い。しかもすぐ逃げてしまう小鳥ではなく、それなりに度胸のある奴が多いカラスだ。まあ、こういう自然の中で暮らしている連中は少し警戒心が強いかもしれないけど。
『ん? 誰だ、今なんか声がしたような』
カラスが困惑して周囲を見渡し始めたので、俺は手をあげながら軽く声をかける。
「よう、ここだよ」
『んあ! に、人間?』
俺の声に驚いて、カラスは少しだけよろめいた。しかし、すぐに体勢を立て直すと、身体を前に傾けつつ、俺の方に首を伸ばす。
『今、おれっちに喋ったのか?』
「ビックリさせたなら悪かったよ。ちょっと話を聞かせてもらいたくてさ」
カラスは枝を一本ずつ乗り継ぎ、少しずつ高度を下げてきた。そして、俺の手が届くか届かないくらいかの位置で止まった。
『おれっちとこうして喋れる人間なんて、初めて見たぞ』
「初対面の連中はみんなそう言うよ」
俺は苦笑いして答えた。
カラスのウィセンは、最初こそ臆病に見えたが、実際は好奇心旺盛で気さくな奴だった。
彼の家系は、ずっと人家から離れて暮らしているらしい。先祖が人間の物に手を付けようとして、痛い目を見たのが原因なんだという。
それにしては人馴れしてると言うと、。
とにかく、予想よりも早く打ち解けることが出来た俺は、早速本題を切り出す。
『ああ、ちょっと前からあそこに住み始めた奴だろ。やたらおれっち達に吠えてくるおっかねぇ奴さ』
「相手は何かわかるか?」
『アライグマだよ、だが名前は知らねぇ。あの住処に人間が来ることはほとんどないから、安全な時は雨宿りすることもあったけど、今は奴に追い返されるのさ』
それを聞いて、俺は少し頭が痛くなった。可能性として頭には入っていたが、これは厄介な相手だ。
詳しい人には有名な話だけれど、アライグマの気性は非常に荒い。動物園が一番手を焼くのがこのアライグマと言ってもいいくらいだ。
幼い頃から育てれば、あるいは気性が変わることもある。が、基本的にそれは希望的観測と言わざるをえない。
何より大変なのは、コイツを駆除するためにはちゃんと申請をしないといけないということだ。
相手がアライグマだというのは、あくまでウィセンの証言だけに頼った判断だ。なので鵜呑みにするわけにはいかないが、彼が俺に嘘を付く理由も今の所見当たらない。勘違いというのも状況的には考え難いだろう。
「ありがとう、助かったよ」
『アイツを追い出すのか?』
「まあ、そうなるだろうな」
『じゃあやっぱり、殺しちまうのか?』
ウィセンが少し身を強張らせながら聞いてきた。
俺は、これからどう行動するかを頭で考えつつ、ウィセンに問いかける。
「その答えを聞くのは、もう一つ質問してからだ」
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