2ー8『元気にいこうよ、清子さん』

 飛び立ったウィセンを見送ってから振り返ると、ぽんすけのケージを持ちながら暇そうに大樹へ背中を預けている原居さんが目に入った。

 随分と待たせてしまったなと反省しつつ、俺は彼女に声をかける。

「お待たせ、原居さん。もう話は付いたから、あの別荘に戻ろうか」

「あ、はい……」

 原居さんは、なんだか疲れたような声で返事をした。俺が思っている以上に待たせすぎてしまっただろうか。

「無駄に体力使わせちゃって、申し訳ないね」

「あ、いや、別にそういうわけじゃないんです。ただ」

 と微笑んで答えてから、少し原居さんは顔を伏せた。

「もう少し、お役に立てると思ってたのになって」

「いやあー。お客さん相手にこうして付き合って貰ってるだけでも、十分だと思うんだけどなー」

 俺は仕事について、本来は客の介入を極力拒んでいる。理由は勿論、俺が動物とペラペラ話しているところを見られないためだ。

 しかし原居さんにはバッチリ俺の力が知れてしまっている。だから下手に追い返さずに、むしろこうして付き合って貰っている。

 ただ、よく考えてみると、別に原居さんが今回付いてくる必要なんて、なかったはずだ。

 使用人と砂城が俺達と別れる直前、原居さんに感謝の言葉を残してたけど、思い返してみれば元は彼が案内するはずじゃなかったのか。

 その疑問をぶつける前に、原居さんは少し決まりが悪そうにしつつ、頭を下げながら話し始める。

「私、羽村さんのお仕事を、興味本位で見てみたいって思って、伊智子ちゃんに案内役をやりたいってお願いしたんです」

「え、こんな地味な仕事を見たかったとか?」

「だって、動物とお話出来る羽村さんが……ベンくん達を助けた羽村さんが、どうして動物から憎まれるようなお仕事をしてるのかって、ずっと疑問だったので」

 あー、と俺は間抜けな声を出した。というか、自分の鈍感さに呆れてつい声が出てしまったというべきか。

 今まで深入りしてくる人間が居なかったから気づけなかったが、言われてみれば疑問に思うのも当然の話だ。

「直接聞く勇気はなくて、こんな卑怯なやり方になってしまいました。本当に失礼ですよね、ごめんなさい」

 原居さんは、深々と俺に頭を下げた。俺が、別に気に病むことはないと言おうとすると、彼女はさらに続けた。

「それに、いつもベンくん達のことで助けてくれる羽村さんに、少しでもお返しがしたくて、何かないかずっと探してたんですけど、実際は出来ることがそんなになくて。ってこれじゃ本当にただの野次馬と変わらないですね……」

 酷く落ち込む原居さんを見て、脂汗が全身から滲んできた。

 彼女をどこか仕事から遠ざけようとしていた部分はあった。実際、仕事に望まない他者の手が加わるのを、俺は歓迎することは出来ない。

 だが、このじわじわと身体を包み込んでいくような罪悪感は振り払えなかった。余計なお世話と言えばそれまでかもしれないが、俺のことを気味悪がらずに接してくれる相手に対して、それはあまりにも乱暴すぎやしないだろうか。

 俺がどうするべきかあれこれ悩んでいると、原居さんは我に返ったように顔をあげ、あたふたとし始めた。

「あ、ご、ごめんなさい! 自分勝手なことを言い過ぎました」

「今日は何時になく慌ただしいなぁ」

 フォローよりも先に素直な感想が俺の口から漏れる。それを聞いた原居さんは顔を真っ赤にして、心底恥ずかしそうに顔を伏せた。

 俺は、こめかみの辺りを軽く掻いた後、改めて彼女に言葉をかけた。

「この仕事はさ、経験のない人に対しておいそれと仕事を任せるわけにはいかないんだよ。相手は不衛生な野生動物だから、何かあったら俺も責任が取れない」

「……はい」

「でも、そこまで危なくないことだったら、必要な時は声をかけるよ。俺も変に気を遣ったりはしないから」

「……はい、わかりました」

 原居さんの返事には、まだまだ元気が戻っていなかった。どうにも気が晴れないらしい彼女の気分を上向かせるにはどうしたらいいだろう。

 もしかすると、本当の意味で彼女の手を頼りにしているということが、伝わっていないのかもしれない。

 信頼していることを伝えるのに一番わかりやすい方法はなんだ……。そう考えた俺の頭には、ふと推理ものが頭に浮かんだ。

 優秀な人材には、いつも頼りになる助手が付いているものである。

『おい羽村ぁ! オイラを無視すんじゃねぇ!』

 今この場で何か頼りに出来るのは、後ろで俺に文句を垂れている小さな居候より、ちゃんと俺のために何かをしたいと考えている、誠実な一人の少女だ。

 そんな信頼を寄せている相棒なら、どんな言葉をかけるか、そう思った時、俺は自然と声を出していた。

「さあ気分を変えて行くぞ、清子くん!」

「は、はいっ!」

 突然下の名前で呼ばれた清子くんは、反射的に背筋を伸ばした。一瞬キョトンとした彼女だったが、俺が陽気にサムズアップしてみせると、パッと笑顔を見せた。

 俺なりに文字通り勢い良く踏み込んだ姿勢は、ちゃんと伝わったようだった。

 ――ッ!

「……ん?」

 俺は反射的に背後を見た。そこには別荘のある広場までの斜面に、鬱蒼と木々が広がっている。

「どうかされましたか?」

「いや、何か気配がした気がして」

 何かが居る気配がした気がしたのだけど、その姿は確認できなかった。恐らく気のせいか、あるいは小動物が木々の間を駆け抜けていったのかもしれない。

「も、もしかして、羽村さんには霊感もあるんですか!」

 清子くんの中での俺が、いつの間にか霊媒師になりかけていた。

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