2ー6『別荘ですよ、羽村さん』

 俺は仕事鞄を背負いながら、山道を登っていた。

 すなしろくんは、俺達を降ろすと、さっさとどこかへ行ってしまった。なんでも俺達の送り迎えを担当する代わりに、待っている間は好きなことをしていていいと、椿さんに言われたんだそうだ。

きよちゃんのおかげで、俺は夕方くらいまで遊びにいけるんだ! 本当にありがとうねー!」

 車に戻っていく彼は随分とウキウキしていたけど、一体どこへ向かうつもりなんだろう。本当に迎えに来てくれるんだろうな……。

「大丈夫ですよ、たぶんドライブでしょうから。彼、車が大好きみたいで」

 砂城くんのことを訝しげな視線で送った俺を見かねてか、はらさんが説明してくれた。ちなみにぽんすけを入れている小さなケージは原居さんが持ってくれていた。

 俺は苦笑いで返事をして、再び目の前に目を向ける。

 木々が生い茂る静かな山が、俺達を迎えてくれていた。道はそこまで険しくはないが、特別な整備がされているわけではないので、ほとんど獣道と言ってもいい。

 正直歩きやすいとは言えなかったが、しばしば近所の自然公園であの坂道を行き来しているおかげか、登ること自体はそんなに苦ではない。

 しかしいくらか整備されているそことは違い、ここはほとんど自然の姿を残したままだった。心なしか空気もうまい気がする。

「そういえば、ちょっと気になったんですけど」

 前を行く原居さんが突然声をかけてきた。不意打ちだったので俺は少し驚いた風になってしまったが、すぐに応対する。

「ぽんすけくんとは、いつから一緒なんですか?」

 と、原居さんはぽんすけのカゴに視線を落としながら尋ねてきた。

「え? うーんと、新年度が始まる前くらいだから、まだ半年も経ってないよ」

「いつも仲良さそうにお話してるみたいだから、もっと長いかと思ってました」

 俺は苦笑いするしかなかった。彼女もぽんすけの声が聞けたなら、そんな生易しい感想を持つことはなかっただろう。

「誰かから貰ったんですか?」

「えーっと、拾ったというか、保護したというか……」

「保護?」

「いやまあ、とにかく一時期に俺が世話することになってね。本当は誰かに託そうと思ってたんだけど、もうここまで来たら俺が世話するしかないかなって」

「そう、なんですか」

 原居さんは、俺の答えに煮え切らないような声で答え、少し寂しげな表情になった。

 うっかり全てを話してしまいそうになったが、これは事情を知らない彼女にわざわざ話すようなことでもない。面白い話どころか、聞いていて気分の良い話でもないのだから。

 俺はさりげなくケージに居るぽんすけの様子を伺った。いつの間にか寝ていたのか、静かに背中を丸めていたので、俺は少しだけホッとした。

 このことは、当事者には特に聞かせたくなかったから。

「そういえば、別荘までどれくらいかかるのかな?」

「えっと、そうですね。大体一五分くらいはかかるかもしれないですね」

「結構山の奥に建てたんだなぁ。というかここからじゃ見えないし」

「少し歩けば見えてきますから、行きましょう」

 原居さんも気分を変えてくれたみたいだったので、俺も暗くなった空気を引きずらないようにした。





 きっとこれを建てた人達は、往来に苦労したんだろうな。そんな感想が自然と湧くような距離と場所に、別荘はあった。

 人によって踏み固められた道はある程度歩きやすかったが、地味な傾斜はこんな簡単な手荷物しか持っていない俺ですら、体力を削られるものがあった。材料を運ぶ時は、大変な重労働だったはずだ。

 やけに開けたそこには、大きなログハウスが建っていた。隣にはその半分くらいの大きさしかないシンプルな木造小屋があり、それらの後ろには、これまた木造の倉庫らしき建物も見える。

 もしかしてこの辺りの木を伐採してログハウスを建てたのか、とも思ったが、切り株は見当たらなかった。元からこういう広い場所があったのだろう。

「わかってはいたけどさ、これは想像以上だよ……!」

 俺は思わず、頭を抱えてしまった。

「あの隣の小屋すら、うちの事務所と同じくらいか? 本当、金持ちって住む世界が違いすぎるだろ……!」

「隣は使用人さんが泊まる場所ですよ。別荘を管理する時に使うそうです」

「え、使用人さんはあそこ泊まっちゃダメなの?」

「流石に一人で使うには不便すぎるからだと思いますよ。御家族が集まる時は使用人さんもログハウスの方に泊まるって言ってましたし」

 俺は、自らの貧乏人的な発想が恥ずかしくなった。いや待て、金持ちの感覚の方がむしろ少数派なんだから、むしろ向こうがおかしいんじゃないのか?

「君達、三人でここ泊まる?」

「ちょっと広すぎるかなとは思いますけど、その分のびのび出来ますよ。ちゃんが家の中で出来る面白い遊び道具を持ってきてくれるし」

「…………」

「あの、羽村はむらさん、大丈夫ですか?」

 原居さんにそう声をかけられ、俺は我に返る。俺はここに金持ちを僻みにやってきたんじゃない。

「さ、さて、冗談はこの辺りにして、お仕事開始といこうか」

 少し原居さんの視線が痛い気がしたが、気のせいだと言い聞かせておこう。

 さて、改めて俺は現場を見る。ログハウスのどこから侵入したかは、後で詳しく見てみないことにはわからない。

 しかし、何かピリピリとした殺気のようなものは感じる。ログハウスの中に何かが潜んでいるのは確かだろう。

「まず、何をするんですか?」

「とりあえずこの周囲を探索したいんだけど、原居さんはこの辺りのこと、詳しいかな?」

「え? わかりますけど、どうするんですか?」

 俺はその疑問に、あえて正面からは答えなかった。

「俺の仕事をするためには必要なことなんだ。あ、仕事鞄は置いていくから、ぽんすけのカゴは俺が」

「いいえ、大丈夫ですよ。それより羽村さん、どこへ行くんですか?」

「適当にその辺りをブラブラする」

「ブラブラ、ですか」

「原居さんでも道がわからなくなりそうになったら言って、戻るから」

 原居さんは首を傾げながらも、すぐに俺の後を追ってきた。

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