第六章 14
時計の針が二十時を回った。
黒い空にはまん丸いお月様が輝いて、でもその周りにはたった一つの星も存在せずに、ただただ、女王のような輝きをばら撒いていた。
誰もいない、猫の一匹見当たらない公園のブランコに腰かけて、僕は彼女に貰った包丁を揺らす。まるで一流の料理人が使うようによく磨かれた、傷の一つも見当たらない料理包丁。軽く握って上下に揺らすと、天から降り注ぐ黄色い光を反射して、神々しいほどに輝いた。
天才と凡人の違いはプロセスの長短なのだという。凡人が到達するまで数時間かかるような作業を、天才はものの数秒でこなしてしまう。天才の定義、などというのは僕にはよくわからないが――おそらくそれは事実なのだろう。少なくとも、僕にこの包丁を差し出した和泉紗枝は。
僕は手の中にある包丁を天に翳し、月の光を反射させる。和泉紗枝は3か月前の月の夜、この包丁を使い自分自身に傷をつけた実の父親を刺し殺し、僕がその遺体を、土の中に埋めた。
(和泉は、この包丁を使うとき、一体どんなことを思ったんだろう)
いくら普通の少女の面を被っていても、和泉紗枝は本物の天才だ。天才的な犯罪者は自分自身を彩り、隠し通す術を持ち合わせている。オトモダチとの会話を聞く限り、ごくごく普通に笑ったり怒ったりもしているようだが、彼女の本心は非常に読みにくいしわかりづらい。
天にかざしていた包丁を膝の上に下ろし、その刃の面をぞわりと撫でる。ピカピカに光った包丁が僕の指先を滑らせて、白い指紋の跡をつける。
もし僕はこの包丁を使用して、そしてあの夜と同じように、まるで何事もなかったかのように土の中に埋めてしまえば――僕は、彼女と同じところに行くことが可能なのだろうか。
父親を殺し、埋めて、そのまま日常に戻り、学校でクラスメイト達と今まで通り接することができるのだろうか。
いつの日か、和泉と初めて遠出をしたあの日。小宮市にある古くて小さい映画館で見たあの映画の主人公は、自分の目的を守るためにすべてのものを犠牲にし、たった一つを守りきった。
僕は冬の空気を感じたまま包丁の側面に指を滑らせ、眩しいほどのその光沢を美しさを再確認する。
(俺は)
行くことができるのだろうか。 彼女と同じ、その境界線の向こう側へ。
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