第六章 10

 僕の机の上に、一本のビデオテープが置かれている。

『赤い運命』――以前和泉紗枝とともにみた、あのB級映画だ。

 まさかビデオが出ているとは思わなかった。DVD、ではなくビデオテープという辺りがその人気のなさを現わしているところだが。

 深夜一時。母さんは帰ってこない。千尋は寝ている。僕は一人居間に座り、和泉紗枝に借りたビデオテープを再生させる。映画情報。オープニング。内容でいえば大体九十分程度のもの。

 テレビの中では、端正な顔立ちをした主人公が義理父に煙草を押し付けられて悲鳴を上げている。場面が切り替わり学校のシーンとなり友人たちとの会話のシーンになり、そこからまた自宅のシーンに移る。帰宅した主人公の目に映ったのは、義理の父親に押し倒されている中学生の妹。その場面に遭遇したことにより、主人公の殺人計画が実行される。

 あのとき、和泉に誘われてあの古い映画館でこの映画を見た時は対して面白いとは思わなかったし今こうやって改めてビデオを見ている時点でも、たいして面白いとは思わない。評価をされる価値もないし、演技だってうちの学校の演劇部員のほうがうまいくらいだ。

 でも僕は見る。この、くだらないB級映画を食い入るように見てしまう。

 この物語の主人公は愛する家族を守るためにあらゆるものを犠牲にして、たった一つ、大事なものを守ろうとする。自己犠牲の精神。

 画面の中では、主人公が義理の父親を包丁で刺し、母親までも刺し殺し、自分自身は灯油を被り最愛の妹の身を命がけで助けだす。画面が炎で真っ赤に染まり、その様子を眺める妹の目からはほろほろと涙がこぼれている。

 僕はそのシーンでビデオのボタンをぶちっと切る。時間はまだあと数分残っているが、僕はもうそれを見ることをやめる。

 砂嵐だけがざーざーと流れるテレビ画面をぼんやりと眺めながら、僕はまた、彼女の言葉を思い出す。

『どうしたい?』

 僕はテレビのスイッチをぶちんと切った。

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