第五章 8

 髪を洗い体を清め、温かい湯の中に全身を沈めて目を瞑る。心地よい温度を体の奥まで感じながら、僕は、河内麻利の言葉の全てを思い出し、回想させる。

 見られた殺人現場。僕が運んだ男の体。埋めたスコップ。和泉の事情。性的虐待。和泉と河内の友人関係。

 今までの和泉の言動と、行動と、河内麻利による告白で、すべてのことに納得がいく。まばらで、共通点の一つも見せなかったすべての点と点が繋がって、線となる。

『私、決めたの』

 これは河内麻利の決意だ。表面上の友人の罪を、警察に訴えることを決めた河内の表明。その、河内麻利の丸い顔を思い出した後にやってきたのは、学校で笑い合う『普通の女の子』としての和泉紗枝。

『ねぇ、セイジ。わたしね――』

 僕は両掌で湯気を上げる熱い湯を掬いあげ、意味もなくごしごしと顔を洗う。さて、これからどうしようなどと考えながら。



 次の日僕はいつも通り学校へ行き、表面上は笑顔で仲良さそうに会話を交わす和泉紗枝と河内麻利の姿を確認する。

「ねーねー紗枝ー。このプリクラ可愛くないー?」

「あはは。すごーい。まりっぺ、ちょーきらきらしてるー」

「でもさぁ、ちょっと顔でかいよねー」

「そうでもないよー。あ、これは? これとかいいんじゃない?」

 などと、女の子特有の会話をしている二人を横目で眺めながら、僕はいつものようにクラスメイトの影になり、意味もなくぺらぺらと教科書を捲る。時々、ミーハーなクラスメイトに妙な質問をされて、適当に答えて、色んなことを考えながら時間を潰していく。

 どうしようか。河内と付き合う? まさか。和泉と一緒に警察に捕まる? ありえない。

 選択肢がない。とんだ誤算だ。ありえない計算ミスだ。クラスメイトに分からぬように、僕はこっそりと奥歯を噛みしめる。

 うちのクラスには和泉と河内に共通の友人がいるらしく、一日に一度は必ずこの教室にやってくる。僕の席は廊下側の一番後ろ。窓際の一番前に輪を作る女の子の、五分の二。僕はけたけたと笑い声を上げる和泉と河内を観察する。

 僕と河内は朝から一度も僕と目を合わせていないし、まともに顔も見ていない。気にしていない、というべきか。気にしないようにしているのだろう、彼女の場合。大声で笑う女子の輪を眺めていると、それまで誰かのプリクラを見ていた和泉紗枝が振り向いて、にこっと笑って手を振った。僕もそれにつられて手を振り返す。河内麻利はそこで初めて僕の方を見て、すぐに視線を元に戻した。

 僕は、カーディガンを羽織ったセーラー服の後ろ側から目を逸らし、心の中でため息をつく。

 どうしたものか。

 僕はそんな同級生たちの様子を観察しながら、いつか和泉と見たあのB級映画の内容を思い出す。

 復讐の鬼となった少年は、自分と自分の家族を守るために色々な情報を駆使して綿密な殺人計画を練り、実行に移す。そして、それを完全に遂行するために自分の犯罪に気づき始めた恋人と友人までも手に掛ける。最終的には、自分の命さえも投げうって、最愛の妹の命だけを守り通す。

 あの映画の主人公は、あらゆる犠牲を諸ともせずに自分の『目的』のみを完全に完璧に実行させた。ある種、ある意味での完全犯罪。

 和泉紗枝だったら、この全国一位の天才少女だったらどうするのだろう。頭のずば抜けていい彼女のことだ――僕の少ない脳みそなどでは思いつくこともできないような、突飛かつ突発的な素晴らしい計画を考えることができるのだろう。そして、普通の人間ではできないような行動力でそれらの計画を実行することができるのだろう。

 しかし、和泉紗枝とて神ではない。間違いもするし失敗だってする。今回のことがいい例だ。予想外な出来事で想定外な目撃者が出てしまった。それも二人も。しかし、本当に頭のいい人物というのは、自分の失敗を自分の手で取り戻すことができる。確実な方法を使い、百%完璧に。

 時間はあまり置かない方がいいだろう。出来るだけ早く収集したほうが効率がいい。僕としても、彼女としても。だがしかし、その方法が思いつかない。

さて。

 和泉紗枝だったらこの場合、一体どのような方法を取るのだろうか。

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