第61話

 俺が陽來を捕まえたのは昇降口だった。捕まえたといっても、昇降口付近で体力が尽きて倒れた俺を心配に思った陽來が戻ってきてくれただけだが。


 酷使した心臓を休めるために俺と陽來は理科準備室へ戻らず、昇降口の階段の端っこに二人で座っている。帰っていく生徒からはちょうど死角になる、よいポジションだ。



「……先輩、いつから姫条先輩と付き合ってたんですか?」



 俺の心拍が十分落ち着いた頃に陽來はそう切り出した。突飛な発言に俺の心臓はまた跳ね上がる。


「待て。どうしてそうなった?」

「隠さないでください。手、握ってたじゃないですか。潔癖症でも彼女の手は握れるんですね」


 安堵と動揺が同時に湧き上がる。握っていたと認識してくれたようだ。俺の手がすり抜けていたことに陽來は気が付いていないらしい。


「あ、あれは握ってたわけじゃなくて……」


 苦し紛れに言おうとして、言い訳が続かなかった。隣に座る陽來は自分の手を固く握って目を落としている。



「……もういいです。マユリちゃんの次は姫条先輩ですか。先輩にはがっかりしました」

「え?」


 マユリの次は姫条ってどういうことだ?


 意味がわからず訊き返したが、陽來の横顔は不機嫌丸出しで口を開く様子はない。


 俺は居たたまれなくなり、話題を必死に探した結果、それに至った。


「そ、そういえば、失踪したおまえのお姉さんも死神だったんだな。おまえが死神に拘るのも……」

「違います!」


 俺が全部言い終える前に陽來が叫んだ。びっくりして口を閉ざした俺に、陽來は続ける。


「……失踪じゃありません。うちのお姉ちゃん、家出したって世間では思われてますけど、違うんです。お姉ちゃんは誰かに攫われたんです」

「攫われた!?」


 叫ぶと、「先輩、声が大きいです」とたしなめられた。俺の声を聞き取った奴はいないと思うが、一応俺は声をひそめる。


「どうして攫われたってわかるんだよ。証拠でもあるのか?」


 逡巡した陽來はカバンからオフホワイトのシンプルな便箋を出すと、俺に見せる。



『神々廻紗夜の命が惜しければ、死神にミサンガを渡すな』



 印刷された文字。無機質な一文が妙に気味悪かった。


「これがわたしの下駄箱に入ってて、それで……」

「これは、いつ?」


 俺は便箋を見つめた。それには当然、差出人の名前は記載されていないが、その便箋をどこかで見たような気がした。


「姫条先輩に会った日です。初めて死神という言葉を知った直後だったので、記憶に残ってて」

「……ああ、あのときか」


 ラブレターかと思っていたが、違ったようだ。ほっとした自分にちょっぴり自己嫌悪。それにしても死神と接触した当日にこれが来たというのは偶然にしちゃできすぎである。


「だから、姫条がミサンガを取ろうとしたときに抵抗したのか」

「はい。姫条先輩には悪いですけど、お姉ちゃんの命がかかっているならこれは渡せないです」


 大袈裟な、と言えないところが辛い。


「手紙はこの一通だけなんですけど、なんだか怖いです。まるで誰かがわたしたちを監視しているような感じがして」


 わたしたちを監視しているような。

 ふと、それができ得る人物が俺の頭に浮かんだ。



「……なあ、陽來。この手紙、貸してくれないか?」


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