第62話
「どうしたの、こんなところに呼び出して」
シャッターの半分閉まった校庭の倉庫にやってきた雲林院先生は、薄暗い倉庫の中で俺に目を留めると小首を傾げた。
時刻は午後四時三十分。放課後になり、これから部活動が始まろうという時間である。
まだ校庭には誰もおらず、周囲はしん、としていた。
「先生に折り入って訊きたいことがあるんですよ」
「暗い場所じゃないと訊けないことなの? エッチな質問なら保健室の方がムード出るのに……」
「そういう質問じゃないです」
俺は艶やかに笑う美女から目を逸らし、倉庫の奥に視線を漂わせた。鎮座する体育用具たちを見渡す。
「春休み、ここで何があったんですか?」
雲林院先生の微笑の質が変わるのを肌で感じた。
「俺、一番最初、気が付いたらここに倒れてたんすよ。同時期に失踪した陽來の姉のミサンガが見つかったのもここだった。これは偶然じゃないですよね」
俺と紗夜の関係性が明らかになった今、偶然の一致とは考えにくかった。俺の死んだ場所と紗夜のミサンガが捨て置かれた場所。ここで何かがあったに違いないのだ。
「先生は事情を知ってるんすよね? だから、陽來にこんな手紙を書いた。違いますか?」
陽來から預かった便箋と保健室にあったレターセットは一致した。
それだけじゃない。陽來が姫条と接触したのを当日に知っているのは、下校時間を過ぎているのを知らせてくれた雲林院先生以外にはいない。他にも「死神」という一般的でない言葉を使っていることから、あの手紙を書いた人は霊感があることが窺えるが、この学校で俺を認識できるくらい霊感を持っているのは陽來、姫条の他にはこの人だけである。
手紙を掲げた俺に雲林院先生は唇の弧を深くした。薄闇の中、紅が浮かび上がる。
「そんなことより、この前のお誘いは考えてくれたのかな?」
「誘い?」
「キミは肉体が欲しくないの? 私はキミからまだ答えを聞いていないんだけどな」
「その話は関係ないでしょう。誤魔化さないでください」
俺は慌てて言った。今、その話題には触れて欲しくなかった。
雲林院先生は顎を撫でながら言う。
「ふうん、その様子だとまだ迷っているといったところなのかな。キミは本当に草食系なんだねえ。私がいくら煽っても押し倒してこないし、可愛い女子二人といい感じになってもまだ、そのままでいいなんて」
睨んだ。やっぱり誘ってたのかよ。
「――遥か昔から不老不死は人間の悲願だった。幾人もの人間がそれを望み、叶えられずに死んでいった」
「いきなり何を言い出すんですか」
「キミが訊いたことだろう。ここで何があったのか。事実を理解するには、その根底にある理念を知らないと真の理解は得られないよ。以前から私は死へ抗う術を探していた。きっかけは親しい人間の死だよ。誰にでも平等に訪れるその恐怖から、私は逃れたいと思った」
「そんなのできるわけがない」
素の感想が洩れた。雲林院先生は気を悪くした風でもなく言う。
「確かに厳密な意味で死を回避するのは不可能だ。だけど、自我の存続を『生』と定義するのならば、私たちはそれが可能であることを知っている。幽霊だよ。死してなお、現世に留まり続ける魂。それにもし受肉させることができたならば、それは生きているのとどこが違う? 肉体が使えなくなる度に、魂を新たな器へ乗り換えていけばいい。これが私たちにも可能な『不死』の形だ」
姫条の言葉が脳裏に甦る。
『〈永遠のアニマ・ムンディ〉という組織は不死になるために死神から増幅器を奪い、自縛霊を使って実験を繰り返している』
「……〈永遠のアニマ・ムンディ〉」
俺が呟くと、雲林院先生は瞬いた。
「その名がキミの口から出てくるとは、さては新任の死神に聞いたのかな」
警戒心を露わにする俺へ、ふふ、と彼女は笑った。
「そう睨まないでくれよ。確かに私は〈永遠のアニマ・ムンディ〉の創設メンバーの一人だ。永遠のアニマ・ムンディとは、私たちの理想形だ。不老不死の肉体に、永久に魂を現世に留め続ける。そうなることが私たちの最終目標だよ。魂を還すことを目的とする死神とは真っ向から対立する存在だけど、キミと敵対する理由はないはずだ」
白衣の両腕を広げ、雲林院先生は友好的な表情を浮かべる。
「私たちは自縛霊を仲間だと思っている。彼らは皆、もう一度肉体を手に入れて人間として生きたいと願う者たちばかりだ。折角、現世に留まることができたんだ。肉体が欲しいと思うのは、自然なことだろう?」
俺は俯いた。透けた自分の身体を見下ろす。
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