幕間 記憶の断片 ――後悔

第51話

 どうして俺はあんな無責任なことを言ってしまったのだろう。俺が彼女を守ることなんてできやしないのに。




 あのとき、彼女もよく頷いてくれたものだと思う。彼女の器量ならば俺じゃなくて、もっと他に頼りになる奴を選ぶこともできたはずだ。

 例えば、同じ高校の奴とか、同じ組織の奴とか。俺じゃ彼女と休みの日に出かけることも、一緒に試験勉強したりすることも、学校行事を楽しんだりすることもできない。幽霊が視えるわけじゃないし、彼女の言う武器が使えるわけでもないし、そもそも激しい運動が禁じられている。



 何故、俺なのか。



 気にはなったが、俺はあえて訊くようなことはしなかった。目を逸らしたかったんだと思う。彼女と会うことだけが俺の唯一の希望で、慰めで、幸せだったから。それを失ってしまったら、きっと俺は生きているだけの屍になってしまうから。


 屍か。今も同じようなもんじゃないか。


 俺は自嘲気味に自分の身体を見下ろした。

 何本ものコードが胸から伸びて、枕元にある機械に繋がっている。何かを計測しているらしい機械は一定の機械音を発し続けていた。腕には点滴のチューブが接続されている。


 ここでこんな生活を始めて、春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎた。薄々わかっていた。自分の身体だ。わざわざ宣告なんかされなくたって、おかしいって気付いてた。


 ピコン、とスマホが音を立て、メールの着信を伝えた。彼女からだ。


『学校終わったよ。これから行くね』


 真っ白いベッドの中でそれを読んだ俺は、窓を見た。

 外の景色は病室以上に白かった。家々の屋根も道路も車も何もかも小麦粉をぶちまけたみたいになっている。重く垂れ込めた灰色の空からは、はらはらと牡丹の花弁のような雪が降っていた。よくもまあ、空気を読んで降り出したもんだ。ホワイトクリスマス。空気を読めてないのは俺だけか。




今日こそはちゃんと彼女に言おう。別れようって。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る