第五章 実は全てが彼女の思惑通りなのは誰も知らない

第52話


 未練を忘れている幽霊なんて聞いたことも見たこともないんだけど。



 後日、理科準備室にやってきた姫条はにこりともせずにそう言った。


「それってあなたが存在している意味もないんじゃない? 肝心の未練がわからないわけでしょ」


 生きてる価値がないみたいに言うなよ。


「記憶喪失なんだから仕方ねえだろ。自分の名前すらも憶えてないんだ」

「それは生前からの若年性健忘症じゃなくて?」


 ちげーよ。……たぶん。


「若年性健忘症に潔癖症にカフェイン中毒に人格障害に、あなたも忙しいわね」


 全部嘘だよ。しかもなんか勝手に付け足されてるし。


「なあ、死神って未練を叶えるのが仕事なんだろ? ほんとに生前にあった強い未練なら何でもいいのか?」

「ええ、そうよ」

「じゃあ、ヤれなかったのが未練だって言ったら、ヤらせてくれるのか?」


 俺の顔面を姫条の握りこぶしが凄まじいスピードですり抜けた。


「……冗談です」

「童貞の言うことだから冗談に聞こえなかったわ」


 サクッと心に突き刺さることを言ってくれる。


「それより、今日私がここに来たのは未練にかこつけたあなたの薄汚れた欲望を聞きに来たわけじゃなくて」


 夕陽が射し込む理科準備室で、姫条は手に持っていた白い紙袋を掲げてみせた。



「神々廻さんのお見舞い、一緒に行く?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る