第50話
「全身打撲ね。頭とか打ってるとヤバいから、とりあえず精密検査受けさせに病院に行ってくるわ」
雲林院先生の元に陽來を運び事情を軽く説明すると、すぐに陽來は病院送りとなった。
「さあ、今日は閉室。生徒は出た出た」と白衣を脱ぎながら雲林院先生は俺たちを追い立てる。どうやら陽來を車で病院に届けるらしい。
「行ってきますー! お土産は期待しないでください!」
何故か遠足気分の陽來を俺と姫条は保健室の廊下で見送った。二人が廊下の角を曲がるや否や、姫条は長い息をついて廊下の壁にもたれる。
「……神々廻さんを助けてくれてありがとう。取り返しのつかないことになるところだった」
姫条は珍しく疲れ果てた表情をしていた。俺に殊勝な態度を取るのも珍しい。明日は雪か。
「礼を言われるようなことじゃねえよ。陽來が巻き込まれる原因を作ったのは俺なんだし」
「いいえ、死神である私が関与しておきながらこんなことになってしまったのは、偏に私の力不足よ。自縛霊のあなたが責任を感じることではないわ」
言いながら姫条の目線が下りた。自らの手首にあるミサンガを見つめる。
「マユリにも可哀想なことをしたわ。せっかく一度は未練を叶えてあげられたのに、結局、封印することになってしまった。自分の判断が悔やまれるわ」
「すまん」
思わず謝ってしまった。すると、「あなたが謝るとしたら、私じゃなくてマユリによ」と返ってくる。
こいつはちゃんと幽霊の俺たちのことを考えていてくれたんだな、と今更ながらに思う。
「なあ、おまえはなんで死神になったんだ?」
姫条が屋上で見せた涙は、いまだに俺の脳裏に残っている。
「……私が十歳のときだった。近所に住んでてよく遊んでいた男の子が交通事故で亡くなったの。だけど、彼は自縛霊になって私の傍にいた。彼が視えていた私は、これからも彼とずっと友達でいられると思っていた。でも、ある日、彼は私に憑依した」
そこで一瞬、躊躇うと姫条は続ける。
「私の身体を借りた彼は、包丁で私の両親を惨殺。私も道連れにしようとした。そのとき、どこからともなく死神が現れ、彼は封印されたわ。目が覚めた私が見たのは、惨たらしい姿の両親と、血塗れの自分だった」
眉をひそめていた俺に、姫条はふっと哀しげな微笑を浮かべた。
「恨んだわ。私の好意を利用して憑依した彼を。裏切られた気持ちだった。でも、私を救ってくれた死神の師匠と過ごすうちに悟ったの。霊はそういうものなんだって。自分を受け入れてくれる人に憑りつく。幽霊になって住む世界が違ってしまった時点で、私は彼を突き放さなければいけなかった。彼にもう一度、人間として生きたいなんて希望を持たせてはいけなかったのよ」
優しくすればいい、というものじゃない。時にそれは、厳しくするより何倍も残酷なことを強いる結果となる。
「おまえが俺やマユリに冷たかったのはそういうわけか」
「自縛霊と仲良くなったり同情するのは、お互いにデメリットしか生まないことを知っているから」
身をもってそれを知っている姫条の言葉には重みがあった。
「私は自縛霊もその周囲にいる人間も不幸せにしたくない。そう思ったのが、死神になった一番の理由よ。あとは、私を助けてくれた師匠の姿がカッコよかったから。憧れみたいなものよ」
「そうか……」
俺は陽來が消えていった廊下の先を見つめた。六時限目の授業はもう終わり、放課後になった生徒たちが賑やかに行き交っている。
さて、俺もそろそろ自分自身に向き合うべきなのだろう。俺の傍にいる優しい人間を傷付けてしまう前に。
「――頼む、姫条。俺の未練を一緒に探してくれないか」
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