第48話


 フェンス越しにマユリと対峙する。けれど、人が転落しないよう設置されたフェンスは俺にとって何の障壁にもならない。



「告白の返事だけどさ、」



 切り出すと、マユリが息を詰まらせるのがわかった。



「先延ばしにしたかったんだと思う。俺はおまえと出会えて楽しかったから。短い間だったけど、何度もおまえの明るさに救われた。できることなら、ずっと何も変わらずにこのままでいたかった。けど、おまえが望んでたのはこんな中途半端な関係じゃなかったんだろ、マユリ」


「嫌だ、ハル。もう聞きたくない、聞きたくないよ……!」


 両手を耳に当てマユリは首をぶんぶんと振り始めた。ただでさえ危なっかしい場所に立っている身体が揺れる。




 マユリの最初の望みは何だったか。



『カレシとデートがしたい』だ。

 ただデートがしたかったんじゃない。そういう意味では、あのデートは最初から不完全だった。

 それを完全にしてやれるのはデート相手である俺しかいない。でも――




「ごめんな、マユリ。俺はおまえの彼氏役にしかなってやれない」




 少女の動きが止まった。


 騙すような真似はできなかった。最期くらい優しい嘘をついてやればよかったのかもしれない。でも、嘘を信じて消えていくなんてきっと報われない。



「――そんなの、とっくに知ってたよ」



 俯いていた少女が言った。その顔が上向く。

 マユリは笑っていた。頬をヒクつかせ、無理に作った、今にも泣き出しそうな笑顔。



「だって、あたしはヒロインだもん。誰よりもずっとハルのこと、見てたんだから」



 マユリの両腕が広がった。冗談みたいに身体が後ろに傾く。


「マユリっ――!」


 叫んだ俺は駆け出す。

 だが、傾いだ身体は戻らない。涙を溜めた瞳は俺を映し、




「バイバイ、ハル」



 背後から風切り音がした。

 漆黒の矢が陽來の胸を貫く。

 瞬間、マユリの瞳から涙が零れ、ぱっと散った。雫が虚空に弾ける。


 陽來の身体から黒い靄が晴れていく。

 浮き出るように少女の身体が二つに分かれた。陽來から抜け出した三つ編みの少女の姿は露わになり、



 ありがとう。



 消えゆくマユリの唇がそう動いた。


 それが最期だった。零体の少女は粒子となって俺の後ろ――姫条のミサンガへ吸いこまれていく。

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