第四章 実は彼女がツンツンなのは優しさ故である
第37話
「ぃててて、先生、そこキツいっすよー……」
「我慢しなさい。かなり深くいってるから、しっかり処置しないとダメだね。あとは絆創膏か」
戸棚を開ける音がして、男子生徒の「ふうぅー」という安堵のため息が洩れる。
「怪我、最近多いけど、疲れてるんじゃない? 部活の後はしっかり休まないとダメよ」
「疲れのせいじゃないっすよ。なんかボールが変で……」
「ボール?」
「蹴った方向と全然違うとこに行くんすよ。ミスとかじゃなくて、みんなも同じようなことがあって、幽霊の仕業じゃないかって言ってて……」
「それは仕方ないわね。はい、これで処置は終わり」
紙を丸めて捨てる音。複数の衣擦れがしてイスから立ち上がる気配がした。上履きの足音とキャスター付きのイスを転がす音が混じる。
「あざしたー。あ、先生、幽霊って見たことあります?」
ドアの軋みと共に投げかけられた声。
沈黙。
「いや、俺も信じてるわけじゃないんすけど、友達が春休み中、校庭で幽霊と出会って気絶したらしくて。なんか憑りつかれたとか言ってるんすよ。しかも、そいつだけじゃなくて、他にも二人、同じような体験した奴がいて。うちの学校、呪われてるんすかね? じゃあ俺、部活戻ります」
ドアが閉まった。廊下を遠ざかる足音。
「……で、キミはいつまでそこで引きこもるつもりなのかな?」
クリーム色のカーテンに人影が映ったと思ったら、シャッと引かれる。
保健室のベッドに潜り込み身体を丸めていた俺は胡乱げに目を上げた。しっかり口紅を引いた美女が鍋の中の白菜でも見るように俺を見下ろしている。
「さてはデートでショックなことでもあった?」
「なんでデートのこと知ってるんすか?」
「そりゃ、先週キミたちが向かいの部屋で盛り上がっているのが聞こえたからね。とはいえ、健康な男子がベッドに潜って出てこないのは放っておけないな」
「変なこと想像しないでください」
襲われては敵わないと俺は身体を起こした。物理的に襲われるのはあり得ないとわかっているのだが、この人なら物理法則を乗り越えてしまいそうで怖い。
ベッドに腰掛けると、雲林院先生は諦めたのか自分の席へ戻っていく。
「悩みがあるなら話してごらん。話した方がすっきりするよ」
「悩みという程のものじゃないですよ」
デートのとき以来、なんとなく理科準備室には行けずにいた。あの三人の誰とも合わす顔がないような気がして。
「ふむ、その様子だと恋患いかね? 相手は陽來っち?」
「だったらいいんですが」
「じゃあ、最近出入りしている髪の長い子かな? キミは節操がないな。タイプに一貫性がない」
「そもそも恋愛絡みじゃないっす」
一貫性を言われる筋合いはないと思ったが、スルーした。俺のタイプなんてそもそも知らないだろ、なんてツッコんだら話題を俺の嗜好に持っていかれるのは火を見るより明らかだ。
雲林院先生は机に頬杖をつきながら、ニヤニヤと俺を見つめていた。
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