第34話
マユリが身じろぎをする気配がした。横に目を遣ると、マユリが横たわったままこちらに身体を向けている。
「初デートの相手がハルでよかった」
へ? と俺は瞬きを繰り返した。
芝生に寝そべる小柄な身体は、ふとしたら消えてしまうのではないかと錯覚する程に透けている。青天からは強い陽射しが降り注いでいるからなおさらだ。
マユリは白い光を浴びて微笑む。
「生きてるときにやろうとしてたデートは、たとえあたしが生きてても上手くいったかどうかわからないんだ。だって、クラスで孤立してる一番地味な女子が、サッカー部のエースに告白しようとしてたんだから」
断られて当然だよね、と続けたマユリに、俺は空に目を戻すと言っていた。
「わからないだろ、そんなこと。結局、何も行動しないまま終わっちまったんだから」
「いいの。無謀だって、自分でもわかってた。それに、万が一デートできたとしてもあたし、こんなに楽しくなかったと思う」
いきなり視界にマユリが入ってきて、俺は身体を硬直させた。マユリは四つん這いで俺の身体を跨いできていた。
「デ、デート前は、仕方ないからハルでいい、なんて言っちゃったけど、あれ、嘘。……ハル、あたしね、男子とこんなに話したことなかったんだ」
制服のリボンの端が垂れ下がって、俺の目の前で揺れている。
ゆらゆらと定まらない赤いリボン。
目を上げると逆光の中、マユリの白い喉が嚥下する様が見えた。
「生きてるときでも、あたし、みんなからウザがられてて。話しかけても無視されたりとかして……。まともにあたしの相手をしてくれたのって、ハルが初めてだったんだよ」
マユリの身体がキラキラと煌めいて見える。陽を受けているからだろうか。まるで雪の結晶が太陽を浴びているように。
「ヘンだよね。幽霊になってから、初めて男子と遊んだなんて。生きてるときに、ハルみたいな優しい男子と出会えればよかった。……ハル。あたし……あたしね、ハルのこと……!」
好き。
「――死神コード〇一〇一二、安全装置解除」
え?
視線を巡らせる。全ての音がフェードアウトしたように消えていく。マユリの煌めく身体の向こう。遠くでクロスボウを構える姫条。その矢の先端はぴたりと止まり、
「マユリっ――!」
風切り音が唸った。
咄嗟に身体を起こす。反射的にマユリが俺の上から飛び退き、俺とマユリの顔の間を漆黒が通り抜けていった。
「えっ? 何? 何なの!?」
マユリが矢の飛んできた方角と俺を見比べてキョドる。錯覚じゃない。マユリの全身は確かに白い光を放っていた。
「これでマユリは未練から解放された。あの世へ還りなさい」
左耳に祈るような言葉が響き、姫条が再び矢をつがえた。
マユリが瞠目する。
「っ、やめろ!」
叫ぶと同時に芝生を蹴っていた。マユリを庇うように飛び出す。
「伏せろ、マユリ!」
「何故、邪魔をするの?」
険のある声が左耳からした。
「おまえこそ、なんでだよ。いきなりマユリを消そうとするなんて」
「言ったはずよ。未練に縛られた自縛霊は霊装武器では消せない。それはつまり、未練を叶えてあげたら私たちの手で成仏させられるということ。あなたも彼女を無事に成仏させるために協力していたんじゃなくて?」
「ちげーよ! 俺は未練を叶えられないままじゃ可哀想だから……」
ふっと馬鹿にしたような声が左耳を打った。
口を噤み、姫条を見据える。
いくつもの家族連れがレジャーシートを広げる芝生の向こう、ただ一人、場違いな程の剣呑な雰囲気を纏う少女が口元をわずかに歪めたように見えた。
「そんな感傷から私がこんなお遊びに付き合うとでも?」
ぶつり、と何かが切れた。
「……逃げろ、マユリ」
死神だ。そのネーミングは間違っちゃいなかった。あいつはずっとマユリの魂を狙っていた。それしか考えていなかったんだ。
俺は姫条の怜悧な瞳を睨み、口を開く。
「逃げるんだ、マユリ。俺が足止めする。だから……」
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