第33話
俺を無理矢理ラマに乗せたマユリは、他のステージも大はしゃぎで回り、十分に満足したようだった。
「あー癒されたー。動物っていいねっ。学校にも何かいたらいいのに」
レジャーシートを広げてお弁当を食べるスペース用に設けられた芝生に、マユリは豪快に大の字に寝転がった。
「ハルも寝てみなよ。気持ちいいよ」
言われて倣う。芝生のゴワつきが気になったのは最初だけで、じんわりとした温かさが徐々に身体を包んでいく。日向ぼっこって、こんなに気持ちいいものだったっけ。
「あ、姫条先輩! あれですよ、おいしいって噂のアイス屋さん。先輩も食べます? わたし買ってきましょうか?」
「そう、じゃあ、お願い」
左耳からも平和な会話が聞こえてくる。
「ねえ、ハル。一番最初に会ったときのこと、憶えてる?」
隣からの声に俺は目線を雲一つない空に向けたまま「ああ」と応えた。
「ハルったら、屋上で今にも飛び降り自殺でもしそうな表情であたしのこと見つめてるんだもん。何かと思っちゃった」
「……本当に飛び降りようとしてたんだ。飛び降りたら、死ねるんじゃないかって」
「バカだなあ、幽霊はそんなことじゃ死ねないのに」
「あのときはまだわかんなかったんだよ。幽霊が飛べるなんてこと」
そのときのことは、よく憶えている。
自分の記憶もない、誰にも認識されない。その事実に打ちのめされた俺は夢遊病者みたいになっていた。一日中、誰とも口をきけないということがこれ程苦痛だとは思わなかった。
昼と夜が何度か繰り返され、気が付いたら俺は屋上に佇み、眼下に広がる校庭を茫漠と眺めていた。
死にたいと思った。
この無意味で孤独な生活から逃げ出したい、と。
だが、フェンスを越えて身を乗り出し、体重を前にかけることがどうしてもできなかった。たったそれだけのことなのに、それでこの宙ぶらりんの状態から解放されるはずなのに、恐怖心が首をもたげてしまうのだった。
そうして何時間経っただろうか。自殺をしに来ているのか黄昏れに来ているのかよくわからなくなってきた頃、空を舞う女子生徒の幽霊を見つけたのだ。
空中でアクロバティック飛行をしていた女子生徒は俺に目を留めるなり、叫んだ。
「富士山は反対側だよ!」
「……あのときは流れで『ああ、そっか』とか言って逆側を向いちまったけど、俺は富士山を見るために屋上にいたわけじゃなくて……」
「えー、だってあの時間にあそこでぼーっとしてたら、普通、夕日と富士山を見に来たのかと思うでしょ?」
何が普通なのか俺にはよくわからん。
だが、そのとき、飛んできたマユリが俺の隣で「この屋上、なにげに穴場なんだよね。綺麗でしょ?」とまるで自分の所有物みたいに真っ赤に燃えるような富士山を指さした姿は今でも目の奥に灼きついている。
そのことがなければ、たぶん俺は今ここにいない。
「ふふ、でも、ハルと話したときはびっくりしたなあ。自分の名前も憶えてないって言うんだもん。おかげであたしが命名しちゃったんだけど」
春だからハルねっ。
俺の名前がマユリによって三秒とかからず決められたのも、記憶に新しい。
「……まあ、いろいろとおまえには感謝してるよ。おまえと出会わなかったら俺はどうなっていたかわからん」
「そうそう、いまだに富士山に背中向けてたかもね」
いや、それはない。てか、富士山とかどうでもいい。
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