第32話


「いつの間にかおまえら、仲良くなったよな。最初は張り合ってたのに」



「張り合ってなんかないもん。ヒロインの座を奪おうとしてきたから身の程を教えてあげようとしただけだもん」


 それを張り合うと言うのではないか。


「あの子も最初は死神とか言って感じ悪い子だと思ってたけど、ハルに協力してくれてるみたいだし、優しくてよかったよね」


 左耳からコホンと咳払いがした。


「協力?」

「ハルが幽霊だって陽來ちゃんに隠しててくれてるじゃん」


 ああ、と俺は頷く。交換条件とはいえ、律儀に隠そうとはしてくれているようである。


「やけに陽來のことを気に掛けるんだな」


 意外に思って言うと、マユリは微笑んだ。


「なんかね、わかるんだ。あたしも生きてるとき、クラスで一人ぼっちだったから」


 マユリはくるりと順路の方を向いた。サルが闊歩する木々を見上げながら歩き始める。


「ライバルを観察しようとして、あたし、何度も陽來ちゃんの教室に行ったんだ。教室での陽來ちゃん、あたしみたいだった。みんなに話しかけようとして、いつも失敗して、気付いたら取り残されてて、悲しい、寂しいって言える人もいなくて、ずっと教室の自分の席で俯いてスカートの裾を見つめてた。

 友達、ほんとに欲しかったんだよ。ハルが思ってる以上に、陽來ちゃんはハルと出会えて嬉しかったはずだよ」



 思い出す。

 初めて陽來に会ったとき、しつこく付き纏われたこと。泣かれたこと。放課後、いちいちテンションが高かったこと。そういうことなのか。



「こうして友達と遊びに行くのも初めてなんじゃない? 学校の友達と休みの日に遊ぶって普通のことかもしれないけど、修学旅行並みの一大イベントのように感じてしまう人だっているの。それがたとえ誰かのデートのお供でもね」


「……おまえも、そうだったのか?」



 問いかけると、マユリは振り返った。右半分の顔で泣き出しそうに微笑む。




「あたしはほら、そんなことする前に死んじゃったから」




 未練がデートしたいだなんて、正直バカバカしいと思っていた。

 でも――。


 俺は透けるマユリを見つめ、これまで抱いてきた惰性を振り払うように首を振った。動物園の標識を見上げる。


「次はラマの丘か。マユリ、おまえだったら背中に乗れるんじゃないか。せっかくだから乗ってみろよ」

「うん! ハルも一緒に乗ろう!」

「え!? 俺も!?」


 陽來に見られたら、という以前に、ラマの体長を想像してビビっていると、


「じゃあ、ラマの丘まで競争ね! 負けた方が後ろ向きでラマに乗ること!」

「それ、かなり危ないんじゃ……」

「位置について、よーい、ドン!」

「ついてねえよ!」


 野性動物並みの瞬発力で駆け出したマユリの背中に怒鳴り、俺は仕方なくその背を追い始めた。


「ははっ、ハル、遅過ぎー。普段から動いてないからいけないんだー。負けたらサッカー強制参加ね!」


 勝手に条件追加してんじゃねえ!


 笑いながら走るマユリを全速力で追いかけると、左耳から声が入り込んできた。


「姫条先輩! 先輩たちが走り出しました! わたしたちも……はうぅぅ、すみません、お腹が減って力が出ません……」


 何のキャラだよ。


「なら、お昼にしましょう」

「へ? いいんですか!?」

「空腹で倒れられても任務に差し支えるわ。神々廻さんのことだから、この近くで食べるところも調べてあるんじゃないの?」

「はい! 園内には、石釜で焼いているピザ屋さんや、近くの畑で採れた野菜でカレーを作っているお店があるそうです。動物園から徒歩三分のところにはお昼になると三十人くらい行列ができるつけ麺屋さんもあって、それからデザートには……」

「調べ過ぎよ」



 一大イベント、か。


 俺は息が荒くなる中、思わず言っていた。


「そっちもちゃんとエスコートされてやれよ」


 左耳からは「ん……」と頷いているのか何なのかよくわからない声が返ってきた。


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