第31話
「ああっ! ダメっ! それはわたしの……!」
悲鳴混じりの声が辺りを突き抜けた。
振り返ると、藪から飛び出た陽來が、地面をぴょんぴょん飛び跳ねるようにして逃げるサルを追いかけていた。サルの手にはお菓子の小さな袋が握られている。
「待ってー! 返して、あたしの……きゃあっ!」
サルを追っていた陽來がずてんと盛大にコケた。
おーい、パンツ見えてるぞ。
陽來を振り切ったサルは凄まじい勢いでこっちへ駆けてくると俺の前を通り過ぎ、
「さあ、次はあたしの番よ! あたしの包囲網を潜り抜けられるものならやってみなさい!」
マユリが勇ましく立ちはだかった。
両手にはそれぞれ葉のたくさんついた一メートルはある木の枝を持っている。
サルはマユリが視えていないのか彼女へ突進し、
「はあっ!」
マユリの両腕が交錯した。枝にサルの体が乗った瞬間、マユリは腕を高く持ち上げる。宙に浮いたサルはいきなり枝が動いたことに驚いたのか、掴んでいた袋を落とした。
急いでそれを拾うと、マユリはサルが乗ったままの枝を放り出す。サルはキャッキャッ言いながら逃げて行った。
ふぅ、と勝利の快感に酔いしれたように額を拭うマユリに、起き上がった陽來が近付く。
「はい、これ。ちゃんとしまっておかないと、取られちゃうよ」
マユリが陽來にお菓子の袋を差し出す。陽來は感極まったように頷き、
「マユリちゃん、ありがとう……!」
戦隊ヒーローを生で見た幼稚園児のような純粋な笑顔を浮かべた。
「動物園、来てたんだね。全然見かけないからいないのかと思ってたよ。今までどこにいたの?」
「え、どこって……」
マユリの問いかけに、はっと陽來の表情が凍りついた。
と、陽來の背後から不動明王のようなオーラを纏ってやって来た姫条の手が、陽來の襟首をがしっと掴んだ。
「邪魔したわね」
「じゃ、じゃあ、ふ、二人で楽しんでー……!」
姫条に襟首を掴まれたままずるずると引きずられていく陽來。
大丈夫なのか、あれは……?
ズンズンと去っていく姫条と、引きつった笑顔のまま俺たちに大きく手を振る陽來を一抹の不安をもって見送る俺の横で、マユリがくすりと笑う。
「なんだ?」
訊いた俺に、マユリは遠ざかる二人を見つめたまま「ううん」と首を振った。
「楽しんでるみたいだからよかった」
「誰が?」
「陽來ちゃん」
動物園本来の楽しみ方とは違っているけどな、と思ったが、そこは黙っておく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます