第27話

 麗らかな陽射しが降り注ぎ、爽やかな風が駆け抜けていく。

 俺は約束の場所に立ち、駅前の桜の木を見上げた。もう葉桜になってしまった木々が新緑の葉を揺らしている。



「動作確認テスト中。聞こえる?」



 唐突に左耳から聞こえてきた声に、俺は「聞こえてるよ」と返した。

 耳には別にイヤホンがはまっているわけでもなんでもない。だが、マイク付きのイヤホンをつけているみたいに俺の声は向こうに筒抜けだったし、逆もまた然りであった。




 実を言うと、俺は朝九時半に呼び出されていた。

 三十分ぎりぎりに駅前に到着すると、いつからいたのか姫条は俺をじろりと見た。抜群のスタイルが際立つモスグリーンのトップスにデニムのショートパンツ姿だ。すらりと伸びた生足が眩しい。


「肝心なこと訊き忘れてたけど、あなた、女の子と付き合ったことあるの?」

「……記憶がないから……」

「つまり、ないってことね」


 無性に悔しいのに反論できないのは何故だろう。


「あなたのエスコートじゃ不安だから、対策を打つわ。死神コード〇一〇一二、安全装置解除」


 え? ちょっと待った。何するの?


 俺が言うより早く、姫条はクロスボウの矢を俺の左耳へ突っ込んだ。

 早業で矢をブッ刺された俺はぽかん、と姫条を見つめる。姫条はクロスボウを消すと、何事もなかったかのように言った。


「私の霊装武器の一部をあなたに入れたわ。これであなたと私は一時的に音声を共有できる。ほんの欠片しか入れてないから、効果はもって半日でしょうけど、デートには十分なはずよ」


 俺は左耳に指を突っ込んだが、何かが嵌まっている感触はない。


「デートが円滑に進むように適宜こちらで指示を出すから、ちゃんと聞いてて。失敗したら責任を取ってもらうから、そのつもりで」

「責任って、どういう取り方があるんでしょうか……?」


 恐る恐る訊くと、姫条は手で銃の形を作り、絶対零度の瞳で俺の額に人差し指を突きつけた。



「死をもって償え」





「あ、先輩! おはようござ……もがっ」


 姫条とのやり取りを思い出して陰鬱な気分が甦りそうになっていたとき、横合いから陽來の明るい声がした。途中で何やら途切れたが。


 声の方を向くと、電柱の陰から蜘蛛のように出てきた姫条が陽來の口を塞いで電柱に引きずり込む様が見えた。


おまえは忍者か。


「っぷは。姫条先輩! こんなとこでどうしたんですか? 先輩あっちにいますよ!」

「いい? 今日はマユリとハルのデートなの。私たちが出て行ったらダメなのよ」

「そっか。そうですよね。うっかりしてました! じゃあ、わたしたちはどうするんですか? 遠くで二人を見守るんですか?」

「そうよ。二人に見つからないようにそっと尾けて監視するのよ」

「なんか探偵みたいで楽しそうですね! 尾行とか初めてですけど、見つからないように頑張ります!」


ちなみにこの会話、ばっちり右耳にも聞こえている。

探偵ごっこならボリュームを落とそうか。


「それにしても先輩、なんで土曜日なのに制服なんでしょう? 私服、持っていないんでしょうか?」


 ええ、持ってませんよ。これ一着ですよ。


「マユリに合わせたんでしょ。マユリだけ制服っていうのも可哀想だと思ったんじゃない?」

「なるほど。二人で制服だったらおかしくないですもんね」


 納得する陽來の声を聞きながら、俺は少し安心する。陽來へのフォローは姫条に任せても大丈夫そうだ。


「対象発見。隠れて」

「はい!」


 電柱の陰に隠れる二人。ひらひらと風に揺れる陽來のパステルカラーのフレアスカートが電柱から見え隠れしている。


ありゃ、ダメだな。


「ハールッ。お待たせ、待った?」


 横からマユリの声がして、俺は首を回した。


 癖で中空を見上げてから、あれ? と目線を下へ落とす。そこには制服を着た俺より頭一つ分小さい女子が、はにかんだような笑顔で俺を見上げていた。


 ドキリとした。


 普段の虚空に浮いているマユリとは印象がだいぶ違う。見慣れた制服に、顔面の左側だけ隠された三つ編みといったいつもの髪型なのだが、地面に足が着いているだけでこんなにも変わるものか。


「今来たとこだよ、くらい咄嗟に返しなさい、童貞」


 左耳から聞こえてきた姫条の指令に俺は我に返る。


「ああ、いや、俺も今来たとこで……」

「あれ? 他の二人は?」

「二人は遠くから俺たちを見守るそうだ。俺たちの時間を邪魔しちゃ悪いからだと」

「ふうん。じゃあ、行こう、ハル! 電車、乗り遅れちゃう」


 駅へ駆け出したマユリの背中を見つめる。

 俺は未だに高い心拍数を誤魔化すように「ああ」と頷き、透けた小さな背中を追った。


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