第28話
「電車に乗るのって、なんか久々だあ。高校に通っていたときは毎日乗ってたけど、あの頃は嫌だったなあ。満員電車で押し潰されてたし……」
今乗っている電車も結構混んでいる。隣の人と触れ合わずに乗るのが難しいレベルだ。だが、俺とマユリに満員電車は関係ない。他人の身体をすり抜け、わずかな隙間に頭だけ出して俺たちは悠々と車窓を眺めていた。
探偵ごっこをしている二人は隣の車両に乗っているようで、車両の連結部分近くにへばりついている二人の頭が見える。
「き、姫条先輩、調査によると、ここからあと十八駅もこの満員電車に乗らないといけないようですが……」
「そうよ。だから、しばらくここで監視を続けるわ」
「と、言われましても、先輩たちの姿がよく見えないです……!」
「仕方ないじゃない。電車が混んでるんだから。それより神々廻さん、私に掴まるの、やめてくれないかしら」
「す、すみません。でも、掴まるところがないんです。つり革は取られちゃってるし……」
「なら、せめて掴まる場所を変えてくれない? 他に掴まるところあるでしょ。肩とか腕とか」
「え、だって、姫条先輩の胸、すごく柔らかくて気持ちいいです。姫条先輩、細いのにボリュームありますよね!? 羨ましいです! Eカップくらいですか?」
俺の喉がごくりと鳴った。
「ハル? どうしたの? なんか面白いものあった?」
互いの会話が筒抜けなのを知らないマユリが俺を見上げて首を傾げる。「いや……」と返したところで、
「き、聞いてたわね、童貞……! 後で覚悟しなさい……!」
と、左耳から羞恥心を押し殺した声がした。
ちゃんと聞け、と言ったのはおまえだろうが。
「ハルは学校、楽しかった?」
つり革に手を伸ばしながら、マユリは出し抜けに言った。
「さあな。……何の記憶もないってことは、大して面白くはなかったんじゃないか? わかんねーけど」
「そっか。あたしはね、学校がつまんなかった。友達もいなかったし」
「それは意外だな。クラスでわーきゃー楽しくやってそうなイメージだけど」
「誤解だよ。あたし、生きてるときはこんなふざけた性格じゃなかったし。真面目で大人しい委員長タイプだったんだよ?」
マユリが自分の三つ編みを指してみせる。
ふざけた性格であると自覚していたとは知らなかった。
「ずっと憧れてたんだ。こんな風に誰かとふざけ合ったり、楽しく騒いだりできる学校生活に。普通に友達が欲しかった。いい子じゃないとダメだったの。みんな、あたしに真面目な委員長であることを期待してた。それがあたしの役割だったの」
「……バカみたいな話だな。誰のでもない、自分の人生だってのに」
「うん、あたしも今だからそう思う。でもね、あのとき、あたしに委員長以外の役はなかったんだ。他の役になろうとしても、できなかった。誰もそんなの望んでなかった。そんな自分が嫌で、告白しようとしたの」
マユリは車窓の景色に目を据えたまま寂しそうに微笑んだ。
「いい子のあたしだって、人並みに恋愛したかったんだ」
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