第26話
「マユリちゃんはどこ行きたい?」
机の真ん中に雑誌を置き、女子三人は額を寄せている。
「うーん、最近できた観光スポットは人が多そうだし、ショッピングは何も買えないしなー。カフェもストレス溜まりそうだし、美術館とかも興味ないし……」
「遊園地は?」
陽來が中盤のページを見て言う。
いかにもマユリが好きそうな感じだと俺も思ったのだが、マユリは首を横に振った。
「だってアトラクション乗れないもん」
言われてみればそうだ。
一人一人座席があてがわれているアトラクションで、人に認識してもらえない俺たちに席はない。ジェットコースターの後方にでもしがみついていれば話は別かもしれないが、そんなことはしたくないのだろう。
あくまで普通のデートがしたいのだ。
「夜景とかはどうかしら? レストランは無理だけど、展望台に登るとか」
「そんなのいつも見てるし。あたし、空飛べるんだよ? その気になれば宇宙にだって行けるんだよ?」
さすがに一般人初の宇宙旅行を達成する度胸は俺にはない。
「はあぁー難しいなー。こんなに自由なのに、普通のデートができないなんて……」
雑誌をぱらぱらと捲りながらマユリはため息を零す。雑誌はレストラン&夜景の特集を終えて終盤に入る。
「うわっ、ここすごっ! いいなー、ここ行ってみたい!」
マユリが言い出したのは、リゾート風の長椅子がある室内プールだった。だが、普通のプールではない。それは大勢が泳ぐにしては狭過ぎる空間で、例えば二人で利用するならちょうどよく――。
はっとページの下部を見ると、『大人の階段登る贅沢ラブホ』という文字が見えた。
ここはダメだろ!
「ねえ、ハル。ここで泳ごうよ!」
「バカ! おまえ、泳ぎたいなら普通にプール行けばいいだろ」
「えーだって普通の室内プールってなんかムードないんだもん。夏の屋外プールだったらいいかもしんないけど」
「それに、普通のプールだと人目が気になるわ。水が勝手に動いているところが人に見られるのは避けたいから、ここなら心置きなく水遊びはできる」
おまえまで何マユリの擁護してるんだよ。
平然と見解を述べる姫条をじろりと見るが、死神はどこ吹く風だ。
「え、ここに行く場合って、先輩とマユリちゃんが一緒に入るわけですよね? でも、マユリちゃんは視えないから、先輩が一人で入っていることになっちゃうわけで……」
本当は誰も入っていないことになるわけだが。
「だから、私が同行することになるでしょうね。死神として私はこの計画を見届ける義務があるし」
「せ、先輩と姫条先輩が一緒にラブホ……」
陽來が呆然としたように、俺と姫条を見比べて呟く。
待て。何故そんな反応をする。
「いや、入るといっても……」
「ズルいです! みんなでラブホに入るのに、わたしだけ置いてきぼりなんて! わたしも大人の階段登りたいです!」
「いや、だから、入るといっても……」
「なら、一緒に来ればいいじゃない」
「へ? いいんですか? でも、定員オーバーじゃないですか? マユリちゃんもいて、姫条先輩もいて、わたしの入る余地ありますか?」
余地って。
「そこは男としての包容力で何とかするから大丈夫よね? いくら童貞だからって神々廻さんだけ無理、なんて言わないでしょ?」
もう何の話だよ。
「それより、マユリ。おまえプールに入るとか言ってるけど、水着は持ってるのかよ」
「あ」
話がふりだしに戻った。
「んー、やっぱ動物園かなあ。水族館でもいいけど」
再び雑誌の最初へ戻り、ページを繰るマユリ。
「楽しそうだよね。ここなんて、動物と直に触れ合えるみたいだし」
陽來が指さしたのは、柵がないことを売りにしている動物園だった。大型の動物はいない代わりに動物との距離が近く自由に触れられるらしい。
「うん、ここにしようかな。昔、計画してたデートも動物園だったんだよね」
なら、初めからそこでいいだろ。
「で、あたしたち、いつデートするの?」
「誰にも不都合がないなら、今週の土曜日でどうかしら?」
賛成! という声が陽來から上がる。マユリと俺に異存はない。
土曜日の朝十時に駅前集合ということを決定し、俺たちは解散した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます