第25話


 マユリがどこでデートするのがいいかわからない、ということで、各々調べてくるという宿題を出され、昨日はお開きになった。


 調べるといっても難しい。なんせ幽霊が楽しめるところでなければならないのだから柔軟な発想が求められる。



 現在わかっている幽霊のお約束は、人間以外の物には触れることができる(衣服の上からのタッチはOK)。幽霊同士は接触不可。その気になれば、何でもすり抜けることができる。飲食はNG。


 ……きっと女子更衣室に忍び込んだら楽しいんだろうな。後で絶対虚しくなるんだろうけど。




「じゃじゃーん、家にこんなのあったから持ってきましたー。これ、使えるんじゃないですか?」


 陽來は理科準備室に来るなり、一冊の雑誌を俺たちに披露した。


『絶対オススメ! 満喫デートスポット ~ちょっとオトナなデート編~』


「うわあ、オトナなデート! したいしたい!」


 表紙を見るなり、興奮して空中で手足をバタつかせるマユリ。こいつにオトナなデートはないだろ、と思いながら俺はドヤ顔の陽來へ目を移した。


「よくこんな本、家にあったな。いつ買ったんだ?」

「そうね。きっちり使った形跡もあるようだし。……実は神々廻さんって経験豊富なのかしら?」


 早速、雑誌を手に取った姫条がページをぱらぱらと捲りながら言う。折れているページがいくつも見つかる。


「け、経験豊富なんて、とんでもないです! まだわたし何の経験も……!」

「ふうん、こんなとこに折り目もついてるけれど」


 姫条がページを開いて見せる。


『特集 カレとのお泊まりデート編』


「あわわわ、それは……! ダメです、姫条先輩! 見ないでくださいっ!」

「ひゃー、陽來ちゃんってば、もうそこまでいっちゃってるわけー!? 大人しそうな顔してやるぅ! で、初体験はいつどこで誰と?」

「ちっ、違うの、これは……!」

「隣の童貞が先を越されたみたいな目で見てるわよ」

「先輩まで!? 誤解です! わたしも経験ないんで安心してください!」


 わたしもって、俺が童貞なのは前提なのかよ。


 真っ赤になった頬に手を当てると、陽來は口を開いた。


「これはわたしが買ったんじゃないです。お姉ちゃんの本棚にあったもので……」

「そう、お姉さんにはきっと素敵なカレシがいるのね」


 そう言って姫条が見ていたのは、マリンブルーの巨大な水槽が見開きで載っている巻頭ページだった。




 ――どこかで見たことがある。




 そう思った瞬間、


『じゃあ、教えて。どこに行きたい?』


 脳裏に不満げな声が甦った。

 さああ、と目の前の情景が変質していく。

 白いベッドの上。開いた雑誌。横に座る制服姿の少女。


「……」


 何と答えたか、思い出せない。

 だが、俺の答えに少女が頬を膨らませる。大粒の黒曜石みたいな瞳が俺を睨み、


『――それじゃ、ダメなの』




「……先輩? どうしたんですか?」


 陽來に顔を覗き込まれ、俺ははっと意識を戻した。気が付けば、三人は俺をじっと凝視している。


「え、あ、……何でもない」

「何ぼーっとしてるの、ハルー? 一緒に考えてよ! デートの相手はハルなんだからね! 他人事じゃないんだよっ!」

「わかってるよ」


 口を尖らせるマユリにぞんざいに返し、俺は机に目を落とした。


 何だったんだ、あれは。残像のように脳にこびりついた記憶。思い出せそうで思い出せない気持ち悪い感覚。

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