第24話


「自縛霊マユリの未練解消プロジェクト、名付けて『カレシとイチャラヴ初デート☆流れであんなことやそんなこともあるかも!?大作戦』についてこれから話し合っていこうと思うのだけど」



 週が明け、放課後に再び一堂に会した理科準備室で、姫条はこれから国家予算の審議でもするみたいな表情で口を切った。


「いえーい! パフパフ」と空中でやたら陽気な歓声を上げるマユリの下で、陽來が「はい、姫条先輩!」と右手をぴん、と伸ばして挙手をした。


「何? 神々廻さん」

「初デートはやっぱり映画館でしょうか? 映画館って、あの暗い空間がいいんですかね? 暗いところに隣同士で、肩が触れ合っちゃったりとか、そっと手を握られちゃったりとか、こっそり、その……ぅああああ、それ以上は恥ずかしくて言えないです!」


 一人で勝手に妄想して暴走するな。


「デートの場所はマユリに決めてもらう。カレシとイチャラヴ初デート☆流れであんなことやそんなこともあるかも!?大作戦は当然だけど、マユリの理想のデートでなければいけないのだから」


「ねえ、場所決めるのはいいんだけど、肝心のカレシは? カレシがいなきゃデートなんて始まらないじゃん」

「それなら、もう用意してあるわ。カレシ役を務めるのは、そこで我関せずみたいな顔してる唯一の男子よ」


「ハルが!?」

「先輩が!?」


 二人の声が重なった。


 これは先週の段階で既に俺には告知されていたことだ。驚く余地はない。


 陽來の前では俺を人間として扱って欲しい、という俺の要望に、姫条は今回の計画に協力するなら、という条件付きで応えることを承諾した。姫条の言う協力がマユリのカレシ役だと聞いたときには、自分の嫌な予感が的中したことに遠い目になったけどな。



「普通の人間にマユリは視えないから、デートするなんてことは到底不可能。でも、そこの霊感男子なら問題ない。幸い、霊的なものに接する抵抗感もないみたいだし、ベストな人選だと思うけど」


 姫条は言いながら、宙に漂っているマユリを見上げた。


「どう? やっぱり高身長の爽やかイケメンじゃないと嫌?」


 悪かったな、平均身長の根暗フツメンで。


 マユリが俺をちらりと見る。

 目が合った。と、「ふ、ふぎゃあー」と意味不明な叫びを上げて壁の向こうへ消えるマユリ。


「お、おい、マユリ!?」

「……フラれたわね。使えない男」

「先輩、やっぱり今どきワルはモテないんですよ。これを機にイメチェンを図ったらどうでしょう?」


 食べたガムが気に入らない味だったみたいな表情で呟く姫条と、至極真面目に提案をしてくる陽來。

 余計なお世話だ。



「唯一の霊感男子が役立たずとなると、どうしたものかしら……」

「おいおい、大口叩いてた割には、他に霊感のある男子は調達できないのかよ」


 顎に手をあてて考え込む姫条に皮肉を込めて言うと、つららのように鋭い視線が突き刺さる。


「簡単に言ってくれるけど、霊がしっかり視える人間なんて、そういないのよ。この学校でマユリの悪戯に遭ったことがある人間は数多くいるでしょうけど、姿を見たことがあるのはどれくらいいるかしらね?」


 思い返してみるが、宙に浮いているマユリ自体に反応を示した生徒は確かに陽來くらいだ。皆にマユリの姿は認識されていない。



「じゃあ、カレシ役ができそうな男の死神でも連れてこいよ。知り合いの死神とかいるだろ?」

「残念だけど、助っ人を頼める程、うちの組織は人手が足りているわけじゃないの。特に〈永遠のアニマ・ムンディ〉ができてからは、死神同士も疑心暗鬼になっていて……」

「永遠の……?」


 耳慣れない単語に俺は聞き返す。


「〈永遠のアニマ・ムンディ〉は数年前にできた霊媒師集団よ。〈桜花神和〉を抜けた死神たちが創設したって話だわ。その際、うちの組織から大分、死神が引き抜かれたのよ」


「元社員がライバル店を立ち上げたようなもんか」


「ライバルというより、敵対組織と言ったほうが的確ね。〈永遠のアニマ・ムンディ〉の目的は〈桜花神和〉と完全に対立しているの。

 向こうのメンバーが死神を襲撃して増幅器を奪い取る事件を幾度も起こしているし、元死神だからこっちの内情も知られていてタチが悪いのよ。

 そういう事情から今、死神はお互いを牽制している。自分の任務を手伝ってもらうために他の死神に協力を仰ぐなんて無理よ。私が一人で何とかしないといけない」


 窓を見つめる姫条の横顔は孤高という言葉がぴったりだった。春の夕空を映し出す瞳に思わず見とれていると、


「姫条先輩、逆の発想はどうでしょう? カレシの方ではなく、マユリちゃんを視えるようにしてあげたらいいんじゃないですか?」


 その提案に、俺と姫条は陽來を見た。


「視えるようにって、どうやって?」

「漫画とかでよくあるじゃないですか。幽霊を人間に乗り移らせてあげるんです。見た目はマユリちゃんじゃなくなっちゃいますけど、実体は持てますよね」


 なるほど、と納得する俺の斜め前で、姫条は浮かない顔になる。


「憑依ってことね。それは絶対にダメよ。ほんのわずかな時間ならともかく、数時間ともなると憑かれた人が命を落とす可能性があるの」

「そうですか……。そんな短い映画ないですもんね……」



 万事休す。俺たちが沈黙していると、マユリが壁から首をにょきっと出した。



「……ハルでいいよ」


 俺たちが一斉に首だけのマユリを見る。マユリは三対の瞳にたじろいだのか、居心地悪そうに視線を漂わせる。


「ほ、他に方法がないんでしょ! みんな困ってるみたいだし、だったら、しょうがないから、ハルで我慢する……」


 怒ったように言ったマユリは、ぷい、と顔を背ける。その様子を見て、姫条が相変わらずの表情のまま言った。


「なら、決まりね。ハルがカレシ役でカレシとイチャラヴ初デート☆流れであんなことやそんなこともあるかも!?大作戦の詳細を詰めていくわ」


 いい加減、そのネーミングに誰かツッコめよ。

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