第23話


「ほ、ほんとはねっ、死んだ日の翌日に予定してたデートで告白するつもりだったの! でも、前日にあたしの家は火事にあって、結局、そのまま……」



 マユリの死因を俺も初めて聞いた。


 俺が記憶を失っていることもあってか、俺たちは互いの過去をほとんど知らないのだった。

 マユリも話そうとはしなかったし、俺も訊くことはなかった。それでいいと思っていた。現在(いま)だけ知っていればいい、と。



「そう、事情はわかったわ。あなたの未練、私が確かに受け取った」

「ほんとっ!? 叶えてくれるの、あたしの願い……!」


 マユリがぱっと表情を明るくする。


 てっきり一笑に付されるか、相手にされないかだと思っていたのだろう。俺もマユリの未練を聞いたときはそう思っていた。

 だが、姫条は至って真面目に頷く。



「ええ、必ず。それが死神の務めだもの」



 どうやって叶えるんだよ。カレシとデートなんて。


 マユリが死んだのは数年前だ。仮に告白する予定だった奴を見つけ出したところで、マユリと付き合ってくれる保証はない。幽霊のカレシになってください、と言われて「是非、喜んで」と答える奴はよっぽどのお人好しか頭のおかしい奴だろう。


  一体、どうするつもりだと訝しむ俺を姫条がちらりと見遣った。そのジャガイモでも見るような一瞥が俺の胸に嫌な予感を湧き起こす。


「詳細は週明けの月曜までに考えておくわ。月曜日、またここに集まってもらうけど……」

「ぃやっほおぉーーい! ありがとう、神様!! 生きててよかった!! 月曜楽しみにしてる!」


 いや、死んでるから。


 姫条の言葉の途中でマユリは中空でぐるぐるとコイルの電流みたいに回転すると、誰にも制止する暇を与えず窓から飛び出て行ってしまった。感情表現の激しい奴。


後に残された俺たちには微妙な沈黙が降りる。



「……それはそうと、あなた」


 沈黙を破ったのは姫条だった。音もなく立ち上がり、俺へ手を伸ばす。


 ヤバい……!


 咄嗟に身体を引いたところで、陽來が姫条の腕を掴んだ。



「ダメです! 先輩は潔癖症なんです!」



姫条が宇宙人の言語を聞いたような表情になった。


「……は?」

「潔癖症です! 先輩はわたしたちが触れると蕁麻疹ができて発作を起こしちゃうんです!」


 誰もそこまで言ってない。そもそもこいつは潔癖症を何かのアレルギーと間違えている。

 

  唖然とする姫条に、キリッという擬態語が似合いそうな表情で立ち塞がる陽來。姫条は陽來をしばし見つめた後に、俺を見遣った。


 察してください。そういうことになっているんです。


 目で訴えたのが伝わったのか、姫条は俺に触れるはずだった手を下ろした。


「……まあ、いいわ。また月曜日に」


 そのまま姫条は部屋を出て行く。理科準備室のすりガラスからその姿が完全に消えたところで、俺はハァーっと息をつく。


「先輩……?」


 陽來がこっちを見て首を傾げたが、俺は華麗にスルーした。

 正体を隠し続けるのもそろそろキツいっす。






 しかし、今日の俺の放課後はそれだけで終わらなかった。


 先に陽來を帰して理科準備室を施錠してからドアをすり抜けたとき、聞き覚えのある詠唱が響く。


「――死神コード〇一〇一二。安全装置解除」


 はっとする。

 廊下の先。佇む美少女の腕には黒いクロスボウが現れていて、その矢は真っ直ぐ俺をさし、


「なっ……!」


 反射的に後退った。無駄だと気付いたのは身体が動いた後だった。


 矢が迫る。

 何かを考える間もなく、瞠目した俺の胸に漆黒の矢が吸い込まれた。


 シュウゥゥと音がした。矢が黒い靄となり、かき消える。


 衝撃はない。胸を見下ろすが、何もなっていなかった。動悸だけが大きく耳につく中、俺は抗議を込めて姫条を見た。


「おい、おまえ……」

「どういうことか説明してもらうわよ、自縛霊」


 俺の視線に怯むことなくクロスボウを担いできた姫条に、俺は降参、というように両手を上げていた。

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