第22話
「死神だか何だか知らないけど、そっちの武器が効かないとわかったらこっちのもんよ! あたしのことを消そうなんて一億年早いんだから! 生まれ変わって出直してきなさい!」
髪を全部重力に任せたまま姫条へ不敵に笑うマユリ。
メスとロウソクという何がしたいのかよくわからない組み合わせの小道具も手伝ってか、異様に迫力があって怖い。
やがて落ち着きを取り戻した姫条がいつもの冷めた表情に戻る。
「出直す前に訊いておくわ。あなたの未練は何?」
「ふん、そんなの聞いてどうしようって言うのよ」
マユリはぐるりと身体を百八十度回転させ頭を上に戻すと、不信感も露わに姫条を見下ろした。
「同情ならいらないから。てか、同情するならサッカー付き合ってくんない? ハルが付き合い悪くてパスする相手がいないんだけど」
「先輩はワルだから付き合い悪くてもしょうがないですよ。なんだったら、わたしが付き合いましょうか? わたし、ヘディングが得意なんですよ! むしろサッカーってヘディングしかしたことないです!」
それ、ただボールを当てられてるだけじゃ……。
陽來の横やりに俺がツッコむべきかどうか逡巡した矢先、姫条の何度目かわからないため息が洩れた。
「今までの話を聞いていなかったようね。非常に不本意だけど、あなたの未練を叶えるのが私の役目なのよ」
「不本意だったらやめたらー? 誰もあんたに頼んでないんだけど」
「死神は地域担当制なの。前任者がいなくなって、今は私がここの担当なのよ。事情を察して大人しく吐いてくれないかしら?」
「やーだもんねー。あんたにあたしの未練を叶えるなんてできるわけないもん」
ぷい、と横を向いたマユリは天井をすり抜けて行こうとして、
「待ちなさい。そうやって逃げて現世に留まり続けることに何の意味があるの?」
マユリの首から下が理科準備室に残されたまま止まった。
「どうしても叶えたかった未練なんでしょ。死の間際に、あなたは強く願った。これをやるまでは死ねないって。薄れていく意識の中、いいえ、意識を失ってもなお、あなたは自分の願いを手放さなかった。
人間には一つくらい、そういう魂が渇望する程の願いがあってもおかしくないと思うの。そして、それを叶えずに死んでいく人間には、こんな形で機会が与えられる」
ゆっくりとマユリが戻ってくる。今や姫条を見下ろす瞳には迷いがちらついていた。
「死神はあなたの未練を果たすためにいる。たとえ私が個人的にあなたのことを好きになれなかったとしても、任務である以上はベストを尽くすわ。約束する」
「なによ、あたしだってあんたのこと大っっっ嫌いなんだから!」
「私は仮定の話をしたつもりだったのだけど。あなたも嫌いな私に付き纏われたくなかったら、早く未練を教えることね。私も一刻も早くあなたの未練を叶えて縁を切ってあげる」
「ハル! こいつ、マジでムカつくんだけど!」
涼しい顔をしたまま毒を吐く姫条をマユリは指さす。
俺は何も言えずに肩を竦めた。俺の正体という負い目がある以上、大人しくしているに限る。
くーっと猫が威嚇をしているみたいに姫条を睨みつけながらマユリは言う。
「……ほんとにあたしの未練、叶えられるの? 内容聞いた後でそれは無理なんて言わない!?」
「しつこいわね。できるって言ってるでしょう?」
「でも、前、訊いてきた子は、それは難しいって……」
「前?」
姫条が眉を持ち上げた。
「それは、前任の死神のこと? 前にも死神と接触したことがあるの?」
それは初耳だ。マユリを注視するが、宙に浮かぶ彼女は珍しく煮え切らない表情になる。
「わかんない。死神とは名乗ってなかったから。ヘンな武器も持ってなかったし。でも、あたしの未練は何かってしつこく訊かれたけど……」
「なるほど。前任者にはできなかったってことね。でも、私には私のやり方とプライドがあるわ。あなたの未練、何かしらの形で必ず叶えてみせる」
どんな願いかもわからずに首肯するのは無謀に思われたが、姫条の声には信念のようなものが滲み出ていた。
マユリが俯く。
夕陽が窓から差し込む中、サッカー部の声が近くなり、遠くなった。呼吸さえも躊躇わせるような沈黙がしばし訪れ、やがてマユリは迷いを断ち切るように顔を上げる。
「……あたしの未練は……あ、あたし、一回でいいから、カ、カレシとデートしてみたかったの……!!」
夕陽の赤に染まった顔。
「「「…………………はあ?」」」
数瞬遅れて、俺たち三人は似たような声を洩らしていた。
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