第21話

 ちょうどよい感じになった紅茶のカップを姫条の前へ滑らせる。茶を出してやったのに、氷から生まれたような美少女は俺に胡乱げな一瞥を寄越しただけだった。


 幽霊の作った紅茶は飲めません、か。


 陽來の前にアッサムティーを置いてやると「ありがとうございます、先輩」と可愛らしい反応が返ってくる。それから「ああっ!」と大声を上げた。


「先輩、カップ、二つしかないですよね!? わたし気付きませんでした! 先輩の分は……?」

「俺はいい」


 香りだけいただきました。


「え、でも……」

「いいつってんだろ。俺はコーヒー派なんだよ」


 ぞんざいに言って陽來を促す。


 俺としては飲み物云々より、姫条の視線が気になっていた。幸い、姫条は口を挟むことなく俺たちのやり取りをじっと見ている。だが、彼女は気付いているはずだ。このやり取りが根本的におかしいことに。


 陽來は「じゃあ……」と紅茶に砂糖を入れ始める。


「飲まないんですか? 冷めちゃいますよ」


 陽來は紅茶を一口飲んでから、姫条を見て言った。

 俺と陽來を新種の生き物でも観察するかのように見ていた姫条は、言われてカップに目を落とす。


「いえ、私は……」

「あ、もしかして先輩と同じ猫舌ですか?」


 姫条の眉がぴくりと動いた。


「先輩、コーヒーはブラックなのに、猫舌なんですよ。カッコつけてる意味ないですよね?」


 陽來がさも可笑しそうに姫条へ笑いかける。俺はカッコつけてるわけじゃねえ、と弁解したかったが、事態はもっとマズい方向に進みつつあった。


 姫条が明らかに不可解な表情になって俺と陽來を見比べる。何か一言でも決定的なことを言われたらアウトだ。机に目を落とし、身体を固くさせる俺。姫条の視線がひたすらに痛い。


「……何を言ってるの? そいつは……」



「出ええてえぇけええぇ! 人間共めええぇ!」


 唐突に。バサッと人間の頭が落ちてきて、俺たち三人は揃って顔をのけ反らせた。机の上には小型メスとロウソクを持つ逆さまになったマユリが天井からぶら下がっている。


 ビビったあ……。でも、何故、メスとロウソク……?


 マユリのこの手の悪戯に慣れている俺でも心拍数が上がっている。陽來なんてイスからずり落ちて半ベソになっていた。さすがの姫条もこれには驚いたのか切れ長の目を大きく見開いている。


 マユリは天井から上体だけを見せたまま、その場でクルリと回った。と、俺だけに綺麗な方の顔でウインクをしてみせる。

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